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Report

VOL.06 非定型抗精神病薬ー単剤療法の可能性〈後編〉
~座談会:担当医・医療スタッフから~

非定型抗精神病薬の登場は、医療現場にどのような変化をもたらしたのであろうか。統合失調症の薬物治療が大きく変わりつつある今、医師、医療スタッフはその変化をどのように感じ、対応しているのか。とまどいはなかったのか。患者、家族へはスムーズに受け入れられたのか。患者の側にいる担当医、看護師、薬剤師に具体的な対応とその実感を聞く。

出席者

石郷岡 純 常盤病院 副院長

三谷万里奈 常盤病院 医師

馬場 寛子 常盤病院 薬局主任

梶谷茂登代 常盤病院 看護師長

常盤病院

●住所:東京都町田市常盤町 3439-2
●診療科目:精神科、神経科、歯科、内科、小児科
●総病床数: 94床(一般精神科)


非定型薬が導入されてから~現場の変化

●薬剤部での変化

常盤病院 薬局主任 馬場寛子 氏

常盤病院 薬局主任
馬場寛子 氏

馬場:薬剤師の立場で患者さんの相談を受けていますと、これまで必ず出てくる話題が副作用についてでした。手が震える、ろれつが回らない、よだれが出るなどです。統合失調症の治療において、患者さんは副作用との闘いが半分近くを占めているのではないかという印象だったのです。ところが、病院の方針が非定型薬中心の処方に切り替わってから、患者さんから副作用の訴えを聞かなくなりました。もちろんまったくないわけではありませんが、多剤大量処方時の副作用とは数段レベルが違います。  定型薬しかない頃は、「ああ、もうこの患者さんはこれ以上(症状が)よくはならないのだ」と、閉塞的な考え方をすることもあったのですが、非定型薬に切り替えた患者さんの様子を見て、「こんなによくなる可能性があったんだ」と思うようになり、「もっとよくなるんじゃないか」という期待が出てきましたね。


●看護部での変化

常盤病院 看護師長 梶谷茂登代 氏

常盤病院 看護師長
梶谷茂登代 氏

梶谷:処方が非定型薬に変わってから(図1)、患者さんが皆、生き生きしていらっしゃるように感じますね。長い入院で自室にこもっていた患者さんが美容院に行ってこられたり、ファッションやお買い物など、外に目が向くようになって。患者さんから看護部への相談も将来のことなどがずっと増えました。
病院内も一般病棟のような自然な雰囲気に変わったと思います。多剤大量処方の頃は過鎮静で、夜間のトイレ誘導、入浴など、スタッフは大変でした。日中も副作用で眠ってしまう方が多かったので、午前中は起こして回らなければならなかったのです。今はそういうことはありません。副作用の減少によって、看護が楽になったと言えるかも知れませんね。あと一点は服薬回数が少ないこと。これも看護業務の改善点と言えます。


図1 処方している抗精神病薬の種類(常盤病院の場合)

図1 処方している抗精神病薬の種類(常盤病院の場合)

Tim Lambert:臨床精神薬理 Vol.4,No.7(July):1042-1047

ハード救急とソフト救急のどちらも必要

●担当医として感じる変化

常盤病院 医師 三谷万里奈 氏

常盤病院 医師
三谷万里奈 氏

三谷:非定型薬に切り替えてから、入院患者さんの定型薬の使用量が徐々に減っていきました。抗精神病薬の量を、クロルプロマジン換算を基に1年毎にまとめた院内のデータが、それを裏付けています(図2)。  非定型薬を使い始めて、当直でアカシジアの対応をする場面が少なくなりました。また、病棟の患者さんの足取りも軽く、階段の昇り降りもスムーズになり、副作用による喉の渇きからペットボトルを持ち歩く方も多かったのですが、それもだいぶ目立たなくなったように思います。
 外来では単剤化が進むにつれ(図3)、薬の飲み忘れで精神症状が不安定になる患者さんが減ったように思います。剤数が減ったことで、服薬のコンプライアンスが向上しているのではないかと思います。  それから、患者さんの日常生活に少しずつ変化を認めています。例えば、以前は陰性症状が強く、閉じこもりがちだった方が、家事の手伝いをするようになったり、これまで新聞のテレビ欄しか見なかった方が、社説を読む気になったというエピソードもありました。
 病院の処方方針が基本的に非定型薬となったこの2年間を振り返ると、患者さんのレクリエーションの参加人数も年々増えていると思います。


図2 抗精神病薬クロルプロマジン換算
(常盤病院の場合;対象は長期入院患者)

図2 抗精神病薬クロルプロマジン換算

図3 抗精神病薬の種類/数の減少
(常盤病院の場合;対象は長期入院患者)

図2 抗精神病薬クロルプロマジン換算


切り替えへの抵抗をどう乗り越えたか

●基本的な処方方針の定着

常盤病院 副院長 石郷岡 純 氏

常盤病院 副院長
石郷岡 純 氏

石郷岡:統合失調症の治療において、今最も重要な課題は「抗精神病薬を医療者側がどう理解するか」です。私が院内でもよく話をしたのは「患者さんの不安定な情動や不安、抑うつなどの症状は決して統合失調症に特異的なものではない」ということ。そういった症状まですべて抗精神病薬で治療する必要性はなく、補えない部分は気分安定薬や抗不安薬、抗うつ薬など補助的薬物を使って治療していけばよいのです。そしてもちろん患者さんが順調に回復していけば、補助的な薬物は徐々に減らしていきます。

馬場:常盤病院の統計を見ると、単剤率の上昇と共に抗パーキンソン剤(抗パ剤)、下剤の併用が減り(図4)、抗うつ薬が少し増えました。これは睡眠のコントロールのために塩酸トラゾドンの使用が増えたためです。ビペリデン換算したデータを見ると、抗パ剤の種類はこの2年で半分以下ですね(図5)。これらのデータは長期入院患者さんを対象としたものなので、全体的に数値が高めですが、それでもここまで減量できるということになります。

梶谷:やはり統合失調症の治療が劇的に変化してきたと感じています。ただ、処方の変化とともに当初、院内で興奮の管理に不安を唱える声があったことも事実です。今まで救急車で運ばれるなど興奮状態の患者さんには「即、注射」というケースが多かったのですが、それをせず経口投与による薬物治療に持っていかれるのは、最初は職員にも抵抗があったのです。「どうして注射を使わないのですか」と。鎮静されるのが待てないのですね。

石郷岡:その、とにかく早く鎮静させたいという強い思いが、これまで長い間続けられてきた大量療法を生み出したのです。鎮静効果は抗精神病薬の大量投与による副作用ですから。統合失調症の治療目標は興奮の管理でなく、患者さんの回復です。抗精神病薬に求めるのは鎮静効果でなく、治療効果なのです。

梶谷:薬によって急に興奮度を下げるのは、患者さんにとっては辛いことです、自由を拘束されますから。看護師たちが医師の新しい治療方針を信頼できるようになったのは、その治療に従って1例よくなり、2例よくなり、3例、4例と続き、現場の変化を目の当たりにしたからです。やがて職員全体が認めるようになりました。治療方針に対する信頼があると、興奮状態でも待てるのですね。もちろん患者さんによってその経過の速度はさまざまですが。


図4 抗精神病薬の単剤率と抗パ剤・下剤の併用率(常盤病院の場合;対象は長期入院患者)

図4 抗精神病薬の単剤率と抗パ剤・下剤の併用率(常盤病院の場合;対象は長期入院患者)

図5 抗パ剤の種類とビペリデン換算(常盤病院の場合;対象は長期入院患者)

図5 抗パ剤の種類とビペリデン換算(常盤病院の場合;対象は長期入院患者)

●患者さん、ご家族に受け入れられるまで

馬場:入院当時の処方量のままで外来通院を継続している患者さんが何人もいらっしゃいました。多剤大量だった処方を、担当の医師が単剤・減量化をはかり実現できたケースです。ただ、中には患者さんやご家族に処方の切り替えを受け入れていただくまで時間がかかった例もありました。

三谷:薬が減ると、最初は不安に思う患者さんも多いようですね。

馬場:薬局でもやはり、患者さんから薬の切り替えに対する不安などを聞くことはよくあります。

梶谷:切り替え時、やはり多少状態の変化がある患者さんもいらっしゃる。それを理解してもらうのに時間がかかるわけです。私は半年くらいかかった患者さんがいます。

馬場:「薬が減ってしまうと再燃するのでは」という不安を持つ患者さんもいます。でもこちらがあまりしつこく切り替えを勧めてしまうと、患者さんは引いてしまう。やはり「絶対切り替えなければ」という進め方ではなく、患者さんの気持ちも考え、「患者さんのためにそのほうがよいのですよ」ということを、本当にゆっくり時間をかけてご説明していかなければ。例えば入院患者さんであれば、院内のレクリエーションなどのときにも、より多く関わりを持ち、十分に患者さんの状況を把握して、説明の時期や内容を検討します。ある患者さんは、担当医と1年がかりで説得して切り替えました。そんなに問題の多い方ではなかったのですが、50代半ばでかなり大量の薬を飲んでいらしたので、60歳、70歳まで大量に服薬し続けていくことの身体への影響を考えました。導入に時間はかかりましたが、以後は順調に切り替えることができました。切り替えの途中で、体が軽くなったとおっしゃっていました。

三谷:患者さんが持っている目標はそれぞれ違いますが、それをできるだけ受け止めて、どうしたら無理がなくて着実な方法なのか、病気の治療をすることは重要ですが、治療の説明や患者さんの目標についても、一緒に話し合っていくような気持ちでいつも接していきたいですね。

馬場:ただ「薬を替えました。様子を見てください」では、患者さんもやはり困る。医師からの説明に続き、薬剤師からもう一度お話しすると、患者さんも安心されるのではないかと思っています。定型薬と非定型薬の違いから始まり、薬の量などを調節している間に多少不安定な状態になる可能性もあることまで、しっかりお話しします。切り替えが進んでいくとawakeningの問題も考えておかなければなりません。現実がよく見えるようになって、一時的にちょっと元気がなくなったり、いろいろなことを考え過ぎてしまったり、不安感が出現したりする時期があるものですから。でも「必ず乗り越えられる。きちんと調節が終わった段階で、今よりもっとよい状態になるから」とお伝えし、「もし万が一、本当に困ってしまうようなことがあったらいつでも言ってください」、外来の方には「電話をくださいね」と一言つけ加えます。医師、看護師、薬剤師等、チームでのサポートが必要だと思います。

三谷:入院中や外来通院中の患者さんの今後の見通しを、より順調にしていくためにも、ご家族に病気を理解していただくことは重要です。病気を患者さん任せにしてしまうのと、ご家族で協力していただくのとでは病状の経過が違うように思います。できるだけご家族へ、患者さんの病状や病気についての説明をすることを、常盤病院の先生方とともに心がけています。さまざまなケースがあり、時間を必要とされることもありますが、患者さんのQOLを考えていく上でも、ご家族への説明も続けていきたいと思います。

『CONSONANCE~精神科治療のトレンド~』Vol.6
(ライフサイエンス出版(株) 2003年1月31日発行)より

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