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VOL.13 働く患者をどう支えるか
~産業メンタルヘルスにおける統合失調症~

精神障害者の就労支援には二つの流れがある。一つは作業所・授産施設などをメインにした「社会復帰」、もう一つは「産業メンタルヘルス」である。両者は独自に発展してきたが「障害者雇用促進法」など施策の追い風もあり、徐々に新たな進化を続けている。統合失調症においては就職してからの発症も多く、企業に勤めながらの外来通院の維持、休職~復職への支援などは重要なポイントとなる。今回は後者の「産業メンタルヘルス」にスポットを当て、主治医および産業医は、働く患者のケアをどう進めていくべきなのか、詳しくお話を聞いた。

島悟

島悟

医療法人社団弘冨会 神田東クリニック 院長/産業精神保健研究所 所長(東京都)

1951年生まれ。'75年慶應義塾大学医学部卒業後、北里大学医学部内科学教室、慶應義塾大学医学部精神神経科学教室、 日本鋼管病院神経科医長・精神衛生室長などを経て、'97年、東京経済大学経営学部教授に就任。現在、慶應義塾大学医学部精神神経科学教室非常勤講師、 杏林大学医学部衛生学教室非常勤講師、京都文教大学非常勤講師も兼任。


産業メンタルヘルスの需要拡大

1991年にバブル経済が崩壊して以降、経営の合理化を求める圧力が高まる中「リストラ」が始まり、より迅速な成果達成が求められるようになった頃から、自殺が急増しました(図1)。そしてここ10年、精神障害の労災申請件数は、身体疾患・過労死よりも急激に増え、実感として倍増していると思います。

社員1人が精神疾患で1か月以上休職した場合、日本全体では1兆円の損失となりますから(2003年厚生労働省調査)、これは経済的にも重大な問題です。しかし全国で6万3千人いる産業医のうち、精神科医は3%しかいません。実数で1,200名ぐらいです。最近、ようやく企業が精神科医を雇用して対策を講じるようになってきました。かつては企業で産業医を雇うとなると、内科医、外科医、あるいは整形外科医でしたが、今は内科医と精神科医です。

こうした企業内のストレス増大に伴って、統合失調症の方々にお会いすることが多くなってきています。ただし「統合失調症が増えた」ということではなく、今まで同僚が支えて何とか勤務を続けられていた軽症の方が、やっていくのが現在は難しくなっている。言い換えれば、事例化する閾値が下がっているということです。

統合失調症を発症した場合、退職を余儀なくされるケースも実際少なくありません。周囲が気を遣いますし、本人だけでなく周囲も悩み、結果的に生産性が落ちることもあります。そこをどうすれば上手く支えられるか、職場復帰を可能にできるか。産業医および主治医の対応は重要です。

図1 自殺率と完全失業率の推移

図1 疑義照会義務(薬剤師法第24条)

産業医が企業から受ける相談とは

職場から産業医がよく相談を受ける内容は「(ある社員の)パフォーマンスが下がった」とか、「ちゃんと仕事はやっているんだけどミスが多い」「独り言が多い」などですね。特に目立つ訴えは「人間関係のこじれ」です。「パソコンのパスワードを消された」など、現代風の妄想も増えてきました。ですが、私がよく職場から聞くのは「仕事をこなす量は多少減ってもいいが、周囲を威圧するような問題行動が一番困る」ということです。この点で統合失調症は職場にとってすごく問題の大きい病気かと言うと、そうではないですね。精神障害において、職場復帰率が最も悪いのはアルコール依存、それから会社に行けなくなってしまうパニック障害。躁うつ病も、躁状態のときにいろいろなトラブルを起こしてしまうので復帰率は低い。うつ病などは2割ぐらいは慢性化し、コンスタントに能力が発揮できなくなる。でも統合失調症は落ち着けば5~10年はその状態が保てます。120%仕事して、急にまったくできなくなって休んでしまうよりは、80%の力で働き続けてくれる社員のほうが望まれますから。実際、企業で働いていて初めて統合失調症を発症した場合、一時的に休職が必要になる場合もありますが、長期的にまったく仕事ができなくなるケースは、それほど多くありません。

診断書をどう書くか

産業医の診断書はふつう上司、人事、健康管理室に回っていくのですが、そうすると誰が見るかわかりませんので、当たり障りのない病名を付けることがあります。これは仕方がないと思います。本人にとって不利益になることが多いですからね。ただし、診断書とは別に診療情報提供書を産業医から主治医に求めることがあって、それにはリアルな情報が提供されます。

やはり統合失調症に関しては、病名が変わった今でも「かなり重い病気」「治らない」「働けなくなる」という誤った考えが一般にあります。症状の重い方は本当に数パーセントに過ぎず、軽い方は事実上ほとんどが就労には差し障りありませんから、病名については慎重になります。もし病名を言うなら、病気の説明をかなり細かくする必要があります。しかし、それよりもどれぐらい仕事ができるのか、就業上どういう配慮が必要か、服薬の必要性などの話のほうが有益です。

企業側への情報提供

一般の方に統合失調症を理解してもらうのは本当に難しいです。例えば「妄想」ひとつを言っても、それがどういうものであるか、職場の方は意外とわかっていないのです。ですから企業側には「統合失調症は、ひとつの病気ではない」ということを、かなり強調します。「風邪と同じように、いろいろな原因が関わって起こる病気で、表に出る症状は人によってさまざまです。きちんと服薬し治療をすれば、仕事も十分してもらえる可能性が高いと考えます」と、お話しします。

「会社側には(患者さんの)情報を一切提供しない」という主治医がよくいらっしゃいます。患者さんの利益を考えてのこととは思いますし、もちろん情報開示は本人の了解を得ることが前提になりますが、実はかえって本人に不利益となることが多いのです。情報が提供されないと、職場としても「どこか精神科に通っているらしい」だけでは疑心暗鬼になってしまう。さらに偏った知識に頼ったり、あるいは専門でない産業医に聞いたりして、誤った情報を得ることもあるのです。そうすると会社側は本人に不利益な処遇をすることもあります。

情報提供のポイント

それでは、本人の不利益にならない適切な情報開示とは何か。確かに難しい問題ですが、実はそんなに手間ではありません。企業側に必要な情報は表1の5つぐらいです。

職場で重要な情報は、病名よりも“今後の見通し”です。本人に3か月休職が必要なら、その間アルバイトを雇うなどの対処が必要ですから。企業側としても、育てた人材が辞めてしまうのは損失も大きいですし。さらに職場の同僚にどう説明すればいいか、どこに相談すればいいのか、という情報があれば職場も安心ですよね。

表1 企業側への情報提供のポイント

  • どのように治るのか(統合失調症はきちんと服薬し治療すればよくなる、など)
  • どんな姿で治るのか(復職後は何割の仕事ができるのか、など)
  • 治療期間、見通しは(休職期間、など)
  • 復職後どんな配慮が必要か(就労時間を短縮したほうがいいのか、仕事量を減らしたほうがいいのか、など)
  • 職場でどういった点に気を付けてもらうか(環境の変化に敏感なので異動などがあった場合、不眠などでボーッとしていたりミスが増えたりした場合、主治医に知らせて欲しい、など)

復職へのステップ

復職へのステップは、統合失調症でも、うつ病や不安障害でもほとんど同じです。まず病状が回復し、生活リズムが戻ってきて、さらに日常の活動性が元に戻ったかどうか、です。

しかし、その状態はまだ「家庭内寛解」に過ぎません。仕事ができるのは次の段階です。家だけでなく職場で活動できるようにしてもらわなければなりません。朝決まった時刻に起きられるように、一日一時間ぐらいの散歩や、スポーツジムに通っていただく、さらに新聞を30分読んだり、パソコンを操作したり、また家族や人と話ができるようになることも重要です。少なくとも1か月~2週間前にはもともとの生活リズムに戻しておきたいですね。

本人への説明

私は産業医の立場でよく患者さんと話をするのですが、どういう病気で、どういった治療をし、どんな薬を飲んでいるのか、理解されている方はあまりいらっしゃらない。診断書も大概、「心因反応」や「神経衰弱」などと書かれているから、本人が病気をきちんと理解していない方が多いです。この問題は大きいのです。どういう病気で、どういった点に気をつければ再発しないなどの情報は、本人が復職した後も重要です。こうした情報共有の必要性を理解していただきたいと思います。

企画協力:羽藤邦利(代々木の森診療所)

「EAPスタッフから見た、統合失調症と産業メンタルヘルス」

佐藤恵美

佐藤恵美

医療法人社団弘冨会 神田東クリニック/産業精神保健研究所 チーフマネジャー、精神保健福祉士、産業カウンセラー


<EAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)とは>

企業社員のメンタルヘルスケアの一部を外部に委託するシステム。企業がEAP提供機関と契約すると、社員は無料で外部EAP提供機関に相談できる。米国の労働組合において、アルコール依存者をケアするボランティア活動から始まったと言われる。日本では1980年代の終わりごろに誕生。具体的なサービス内容はメンタルヘルス相談、医療機関の紹介、カウンセリング等となっている。(図2

図2 EAPモデル

図2 EAPモデル

EAPの需要は増えている?

佐藤:当所でEAPを始めて4年ですが、EAPの導入を検討したいという企業は急増している印象です。IT関係や流通など業種はさまざまで、規模は1000人以上の大企業や、10数人の企業からもご相談があります。それぞれの企業が抱える問題を担当者と話し合いながら、サービスの内容を検討していきます。

人事労務担当者や産業保健スタッフが、メンタルヘルス問題への取り組みの必要性を感じられるのは、断続的な欠勤などの勤怠問題や、メンタル不調による長期欠勤、繰り返す休復職、社内の人間関係トラブルなどに対して、危機意識を持たれるときが多いようです。

利用する方は?

佐藤:EAPを利用する方の内訳は、うつ病が7割程度、不安障害が1割程度、統合失調症が1割弱くらいだと思います。EAP契約企業の従業員とその家族は電話やメールでメンタルヘルスに関する相談ができます。匿名性が保持されますので、会社に知られずに安心して利用する方も多いと思います。「統合失調症で通院中だが、会社での仕事が上手くできているか不安だ」とか、「しばらく入院をしていたのだが退院をして復職するに当たっての留意点」などを相談される方もいらっしゃいます。主治医や産業医への相談の仕方をアドバイスしたり、リスクが高いと思われる場合は、本人の了解を得て産業医に直接連絡を入れる場合もあります。

EAPと産業医、主治医が連携することで軽減業務などの業務上の配慮がスムースに行われることが期待できます。退職される場合は、将来への不安も大きくなります。退職後はEAP制度が使えなくなりますが、併設のクリニックにおいて退職後の生活についてご相談に応じることもあります。

カウンセリングの中で見えたことは?

佐藤:適切なタイミングとサポートのもとに、病気や病気がもたらす症状について認識していくプロセスがとても大事だと思います。それは必ずしも病名を知ることを意味しません。むしろ自分は何ができて、どんな状況下でストレスを受け、体やこころはどんな反応をして、どんなコンディションになり、それを予兆するサインは何なのかを知っていくことだと思います。誰しも自分の限界や、苦手になってしまったことに目を向けるのは勇気のいることですが、目を向けて、前向きにそれを受け入れていったところに、こころの成長や人間的に魅力が増すということを、相談をお受けしながら切に感じます。

苦手なことに対しては?

佐藤:「鉛筆を持ったときに手が震えるので書類が書けない、仕事上、大変困る。周囲にも何と思われるか心配」というような切実な思いをお聞きすることがあります。どうやったら鉛筆を持っても手が震えなくなるのだろう? と考えて、書く練習を重ねるとか、何度もお薬を変えてもらうよう主治医に訴えるという方もいらっしゃいますが、少々作戦を変えて、たとえば、適切な人に頼む方法や、鉛筆を握らずにパソコンを使う方法、できないことに対して相手に抵抗を持たれないように開示するなど、工夫して切り抜ける方法を知っておくことも大事だと思います。

これからのEAPは?

佐藤:統合失調症のケアは地域精神保健の中ではとても関心が高いと思います。しかし職場で発症した場合、職域での資源はあまり知られておらず、対応についてはまだまだ課題が大きいと言えます。昨今では職場を取り巻く環境が非常に厳しく、退職を余儀なくされることもあるかと思います。たとえ職場でのケアは手厚くとも、退職してしまうとそれらのケアも失うことになります。また、退職にはならなくとも、職場の事情を熟知していることが適切な治療の重要な要素となります。今後は地域と職域が適切に情報や意見の交換をして、適切な理解のもとに連携をしていくことが期待されていると思います。

EAPにおけるケース Aさん

電話相談を気持のはけ口に上手に利用

Aさんは入社6年目で統合失調症を発症しました。現在40歳で会社の寮に独りで暮らしています。対人関係が苦手で気持を話す相手はいませんでした。職場では一人でする仕事が多く、対人関係で悩むことがない分、「自分の気持を話す相手が誰もいない」と孤独感を感じることが多くなっていました。そんなときEAPを知って電話相談を利用されました。匿名で顔が見えないので安心して話せると、ときどき利用されるようになりました。その日にあった出来事や、仕事上の不安、趣味、ときどき感じる孤独感などについて、心のままに話すことで気持が落ち着くようです。対人関係が苦手で、人と接することを避けていたAさんですが、日々の生活の中に安心して気持を話せる場を見出せ、次第に自信をつけていきました。最近では社内サークルにときどき参加するようになっています。

EAPにおけるケース Bさん

病気との付き合い方を知る

新人研修中に統合失調症を発症したBさん。休職となり、数か月間入院の後、外来通院とEAPの対面カウンセリングを始めました。始めは自分がどのような状態になったのか、なかなか受け入れることはできませんでしたが、混乱や不安、喪失感などをカウンセラーに話していくうちに、次第に病気について冷静に目を向けるようになりました。

社内の保健師や産業医とも話し合いながら、復職についてプランニングし、負荷の少ない仕事内容と、短時間の業務から始めました。復職数日後に、業務上のミスを指摘されたことで被害感が高まり、一時不安定になりましたが、即日、本人がカウンセラーに連絡し、カウンセラーと主治医が迅速に対応したことで、落ち着きを取り戻すことができました。こうした経験をもとに、疲れ具合のセルフチェックの仕方や負荷のかかる状況への対応の仕方、同僚や上司とのコミュニケーションのとり方などをカウンセリングの中でさらに詳しく話し合っていきました。現在では正常業務に戻り、上手くストレス状況へ対応して、コンディションをコントロールし、自分らしいペースで仕事を続けていらっしゃいます。

『CONSONANCE~精神科治療のトレンド~』Vol.13
(ライフサイエンス出版(株) 2004年11月30日発行)より

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