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知の拠点セミナー

「オゾンを通してみる地球環境」(4月20日開催)

名古屋大学太陽地球環境研究所・水野亮教授

オゾン観測について講演する水野亮氏=佐々木紀明撮影

 太陽の光のうち可視光は地球をあたため、生命のエネルギー源になっている。一方で、太陽からの紫外線は生物の体を傷つける。紫外線が地上に到達するのを抑制しているのが、大気にあるオゾン層だ。

大気の構造形成

図1

 地球の直径は約1万3000キロ・メートル。それに対して大気の厚さは100キロ・メートルくらいしかない。地上から約15キロ・メートルは「対流圏」と呼ばれ、高度が上がるほど気温が下がる。さらに上に行くと高度50キロ・メートルくらいまでは逆に気温が上がる。この領域は「成層圏」と呼ばれ、温度上昇にかかわっているのがオゾンだ。

 成層圏はオゾンの濃度が高く、紫外線がオゾンに当たると、オゾンは周囲の空気にエネルギーを受け渡してあたためる。紫外線は高度が高いほど降り注ぐ量が多いので、成層圏では上の方ほど温度が上がる。オゾンは紫外線からわれわれを守ってくれるだけでなく、大気の構造をつくるのにも重要なのだ。(図1)

地球外生命探索にも

図2

 オゾン層は金星や火星にはなく、太陽系の惑星では地球にしかない。オゾンは地球が生まれたときからあったかというと、そうではない。

 オゾンのもとは、約30億年前に、シアノバクテリアという細菌が光合成を始め、つくり出した酸素だ。大気中に酸素が放出されると、紫外線の作用で、酸素原子三つからできているオゾンもすぐに作られる。3億5000万年ほど前には、大気中の酸素やオゾンの量は現在のレベルに達したと考えられている。地上に届く紫外線も少なくなり、陸上に生物が進出するようになった時期とも一致する。

 太陽系の外側に最近、多数の惑星が見つかっているが、地球外生命がいるかどうか探す手がかりとして、オゾンの有無を調べる方法が注目されている。(図2)

塩素1個で10万個破壊

図3

 一方、オゾン層を破壊するのは塩素などだ。以前、冷蔵庫などに使われていたフロンガスには塩素が含まれ、オゾンを壊す。

 フロンは地面の近くでは非常に安定で、他の物質と反応しない。成層圏に上がると、紫外線によって壊れて、塩素を放出する。塩素はオゾンを連鎖的に壊し、塩素1個でオゾン10万個を壊す力がある。

 フロンによるオゾン層破壊は1980年代からはっきりと見えてきた。オゾンの量は今少し回復しているように見えるが、90年代はフィリピン・ピナツボ火山の火山灰の影響で少なくなった。

 そのため、オゾンの量は全体としてまだ横ばいに近い状態だ。フロンはモントリオール議定書により95年に先進国で使わなくなったが、まだ影響は続いており、80年代のレベルまで回復していない。南極のオゾンホールは今世紀末までつづくだろうと考えられている。(図3)

北極にもオゾンホール

図4

 南極上空の高度15〜20キロ・メートルでは、春先にオゾンホールが発生する。オゾンホールは日本の南極地域観測隊が最初に発見し、85年に国際シンポジウムで発表した。翌86年には英国のファーマン博士らがオゾン減少がフロンと関係していることを論文にまとめた。(図4)

 一方、北極では大気の流れが南極よりも強く、南極ほど寒冷化しないのでオゾンホールができづらい。それでも80年代よりはオゾン量は減少している。昨年、世間を驚かせたのが北極にもオゾンホールができたというニュースだ。オゾンホールができやすい気候条件が整ったためだが、今年どうなるかはまだわからない。

温暖化で回復か

図5

 実は、地球温暖化が進むと、オゾンは回復しやすいと考えられている。地上付近の温度が上がると、逆に成層圏は寒冷化し、オゾンの生成反応が進みやすくなるためだ。世界気象機関(WMO)の2010年の報告では、温暖化によって、今世紀半ばにはオゾンの量は80年代のレベルに戻ると推定されている。

 逆にオゾン層の破壊は気候変動にも影響する。オゾンが減ることで、南半球の成層圏が寒冷化し、大気循環が変化する。その結果、中緯度の降雨帯や乾燥帯が変化する可能性がある。(図5)


電波で24時間観測

図6

 オゾンを観測するのに昔から行われてきたのは、太陽光を観測する方法だ。オゾンが太陽光の紫外線をどれだけ吸収したかを調べ、オゾンの量を推定する。この方法は昼間しか観測できない。

 また、レーザー光を上空に照射し、大気に当たって戻ってくる光を調べる方法もある。戻ってくる光の時間を計れば、オゾンの高さも分かる。この方法は逆に夜しか使えない。

 私たちは電波を観測する方法を採用した。オゾンからは非常に弱い電波が出ている。この微弱電波は決まった周波数を持ち、精密に測れば、オゾンの量や高度が推定できる。最大の特長は24時間観測できることだ。(図6)

超伝導受信機を開発

図7

 当初は電波望遠鏡を使っていたが、電波望遠鏡はもともと宇宙を観測する道具なので、オゾン観測だけに使うわけにいかない。そのため、大気観測用の専用装置を開発した。大気中のオゾンから出てくる電波は非常に弱い。雑音ができるだけ少ない受信機をつくるため、超伝導の受信機を作製した。(図7)


南半球でも観測

図8

 95年から茨城県つくば市、99年からは北海道陸別町で観測を始めた。欧米でも電波による大気観測は行われているが、南半球は観測地点が少ない。そのため、05年からはチリの標高5000メートルにあるアタカマ高地でも観測を始めた。乾燥した土地で、非常に弱い電波でも観測できる。オゾンを壊すときに出てくる一酸化塩素は非常に量が少ないが、アタカマでは観測できる。

 また、オゾンホールの真下にある、南米アルゼンチン南端や、南極の昭和基地にも観測装置を10年に設置した。南極には以前から行きたいと思っていたが、装置の消費電力が大きすぎた。そこで、小さな消費電力でできる装置を5年がかりで作った。(図8)

 昭和基地では今年1月下旬に太陽で非常に大きな爆発があった際、高エネルギー粒子が南極上空に飛んできて、オゾンを壊すもとになる窒素酸化物が増える様子をとらえることができた。

 今後も長期間にわたってオゾンの観測を続け、地球環境への影響を調べていく必要がある。

質疑応答

  温暖化するとオゾン層が回復するとの話だが、地球にとっていいことなのか。

  それは難しい問題。オゾンが元に戻れば紫外線は減るが、温暖化が進むのも問題。オゾンを壊すフロンは使わなくなったが、代替フロンは温暖化を進める。何が一番、人類や地球にとっていいのか考えないといけない。

  電波観測は、全天を観測するのか。

 A 名古屋大太陽地球環境研究所で実施しているのは、地上での観測。基本的に装置の上空だけを見ている。地球全体を見るには人工衛星を使った観測法がある。地上観測では地球全体の様子は見えないが、ある場所を時間的に連続して観測できる。一方、衛星では広い範囲は観測できるが、短時間の変化は見落としてしまうことがある。

  地球環境に一番いいオゾン量はどれくらいか。

  オゾンが増えて紫外線が減れば障害が少なくなるが、別の気候変動につながる恐れもある。人間活動による影響を大きく受ける前の80年代レベルに戻そうというのが一つの目標だ。

 (図はいずれも水野教授提供)

水野亮(みずの・あきら)
 1984年名古屋大学理学部物理学科卒業。同大理学部助手、助教授を歴任し、2003年同大太陽地球環境研究所教授に着任。09年11月〜10年3月の4か月間、第52次南極地域観測隊夏隊の隊員として南極昭和基地で滞在し、ミリ波大気観測装置の設置作業などを行った。
2012年4月27日  読売新聞)

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