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知の拠点セミナー

「和漢薬の効果を科学する」(5月18日開催)

富山大学和漢医薬学総合研究所 済木育夫所長

和漢薬研究の拠点

和漢薬について話す済木所長=増田教三撮影

 富山大学の和漢医薬学総合研究所は、漢方薬をはじめ、中国、インドネシア、ミャンマーなど世界の伝統医薬の研究を行っている国立大学では唯一の施設だ。

 併設する民族薬物資料館には、約2万7000点の生薬標本のほか、古文書など貴重な資料がある。それらの資料を基に、がんの転移や認知症、アレルギーなどの研究のほか、漢方薬のデータベース作りも行っている。

図1

 普通の医薬系の大学だと、医学と薬学という軸と、基礎と臨床という軸を持っているが、富山大学は、東洋医薬と西洋医薬という軸も持っているのが特徴だ。東西医学の融合を目指している(図1)。

 様々な国の伝統医薬を踏まえて、健康科学への新たなる挑戦ということで研究を行っている。天然素材の研究、がん治療などで東西医薬の融合、人材育成や情報発信といった使命を持った研究所だ。最近は留学生も増え、私の研究室には7か国から来ており、国際的になってきた。

健康と病気の中間にも対応

 西洋と東洋で医学がどう違うかというと、西洋医学は健康と病気を白と黒のようにはっきりさせる。東洋(漢方)医学は、健康と病気の中間的な状態にも対応する。

 中間的な状態は未病(みびょう)と言われ、これを現代医学的に言うと、「健康不調を訴える健康な人たち」ということになる。例えば食生活の乱れ、ストレス、不眠などで、健康が保てなくなり、未病に至る。「血圧が上がり気味」「体重が増え気味」といった状態になるが、寝込むほどでもない。この状態に対応する漢方薬は多く、その一つが葛根湯(かっこんとう)。葛根湯は風邪薬のイメージが強いが、肩こりに効く。このように使える薬は、西洋医学にはない。

漢方薬は混ぜて加工して使う

図2

 漢方薬は、一つの生薬だけを使うのではなく、必ず複数の生薬を組み合わせて使う(図2)。最低でも2種類を混ぜて使う。有名なのが、芍薬(しゃくやく)と甘草を混ぜる芍薬甘草湯だ。これは、寝違えや、こむら返りによく効く。多成分で複雑なので、よく分からない部分が多い。

 加熱などの処理「修治(しゅうち)」を行うのも特徴だ。あぶったり、いったり、ゆでたり、処理は様々だが、修治は生薬の毒性を和らげ、効果を上げる働きがある。

 診断法も、西洋医学のような病名診断ではなく、体質と症候から体の状態を漢方独特のキーワードを使って分類する「(しょう)」を行う。風邪にしても、引きはじめなのか、こじれたのかを見る。

 例えば「■血(おけつ)」とは、血の巡りが悪く、頭に血が上っているが手足は冷えているような状態を指す。西洋医学的に言うと、「微小循環障害とそれに伴う病態変化」と長い表現になる。

 証に基づいて漢方を処方するのが基本だが、最近は病名をもとに漢方が使われることも増えている。

 漢方は、異なった病気でも同じ薬を使うことができるし、逆に同じ病名でも、処方する薬が違うこともあり得る。漢方では、個別に患者を診る治療が長く行われてきた。

がん治療、動物実験で効果

図3

 がん治療には、体の中の免疫の働きを良くする薬が使われる。マウスを使った実験では、「十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)」が大腸がんの肝臓転移を抑えることが分かってきた(図3)。他の抗がん剤では副作用で死んでしまう数も多いが、漢方では副作用で死なない。

 どうして効くのか、体のミクロの戦士とも言うべき免疫細胞について調べたところ、十全大補湯はマクロファージやT細胞に関わって効いていることが判明した。

 十全大補湯は、それぞれ4種類の生薬からなる四物湯(しもつとう)四君子湯(しくんしとう)などを合わせた10種の生薬成分でできているので、四物湯と四君子湯の抗がん効果を調べた。四物湯が効くことが分かったが、四君子湯などを加えた十全大補湯のほうが効果は大きかった。

 ほかに補中益気湯(ほちゅうえっきとう)が同様に転移を防ぐが、十全大補湯と成分は全く違い、別の免疫系に働いていることが分かった。

 このような実績を積み重ねて、漢方を使いやすくすることが我々の使命と考えている。

 (図はいずれも済木所長提供)

済木育夫(さいき・いくお)
 1975年岐阜薬科大学卒業。北海道大学免疫科学研究所助手、助教授を経て、93年富山医科薬科大学和漢薬研究所(現・富山大学和漢医薬学総合研究所)教授。2006年から和漢医薬学総合研究所長、09年から同大学副学長。11年から再び同研究所長



柴原直利教授 漢方は診察・診断に独特の考え方

漢方薬について話す柴原教授=増田教三撮影

 漢方薬で一番有名なのは葛根湯だ。これ以外にも、ドラッグストアで売られている薬や健康補助食品の中には、生薬が含まれている物が多い。葛根湯には7種類の生薬が含まれている。

 漢方も、西洋医学のように診察・診断を行うが、独特の考え方に基づいて行う。診察は五感を使って様々な情報を集める「四診(ししん)」、診断は「証」と呼ばれる方法だ。

 病気の原因も、外因と内因などに分類される。外因として(ふう)(かん)暑、(しょ)湿(しつ)(そう)()という6種類の環境要因だ。(ふう)というのは風で、風が吹くことで病気が広がると考えられていた。扇風機の風の当たり過ぎでも顔面神経まひが起きる。これも(ふう)の影響。寒は寒冷刺激、クーラー病の原因になるものなどだ。

 内因として怒、喜、思、憂、恐、悲、驚の7種類、これは感情によるもの。感情がなくなってはいけないが、度を過ぎるといけない。不内外因という生活の不摂生として飲、食、労、(けん)の4種類がある。

体質などから個別診断

 また患者の体質などを知るのに陰陽虚実という考え方がある。陰は、寒がり、脈が遅いなど、逆に陽は、暑がり、脈が速いといった傾向。これに加え、体格や気力について、弱い(虚)か強い(実)かを判断する。汗が出過ぎるのは虚で、出ないのは実となる。

 例えば、葛根湯を飲むべき人は、陽で実という人になる。

 さらに、細胞や臓器を働かせるのに、()(けつ)(すい)という考え方がある。気は命のエネルギーといった概念だ。気は先天性のほか、飲食物や空気から体に取り込まれるものが考えられている。その気が体の中を巡って、肺で血、水に変わるとされている。

現代人に多い■血(おけつ)

 気に関しては、気虚(ききょ)気鬱(きうつ)気逆(きぎゃく)といった病態となる。

 気虚は、気が不足した状態で、だるい、食欲不振という症状だが、西洋医学的に説明できる病気はない。気虚に効く薬としては、ニンジンなど生薬に入った大建中湯(だいけんちゅうとう)がある。この薬は、外科手術後の腸閉塞予防薬としてよく使われている。

 気虚に対応する漢方薬にも色々あり、症状に応じて薬を選ぶ必要がある。

 気鬱は、抑うつ傾向、のどのつかえた感じ、朝起きにくいといった症状などで、話が長い。眉間のしわも判断材料になる。処方は、カキの殻などカルシウムを多く含んだ薬を使う。

 気逆は、体を巡る気が逆行することで、冷え、のぼせや動悸(どうき)などの症状のこと。認知症に効くとして注目を集める抑肝散(よくかんさん)などが使われる。抑肝散は、物忘れに効くのではなく、イライラ感や異常行動を和らげる効果がある。

 (けつ)は、血液やホルモンの働きのこと。血虚(けっきょ)は血の不足を指し、集中力の低下や顔色不良だが、貧血に伴う症状だ。

 ■血(おけつ)は、血の巡りが悪い状態。原因はストレス、運動不足、睡眠不足など様々で、現代生活ではなりやすい。落ち着きがない、頭痛、全身倦怠(けんたい)感などの症状が出る。顔面のシミやくまも診断材料だ。血液がどろどろしている傾向が強いので、さらさらに改善する薬が使われる。

 水毒(すいどく)という状態は、水の偏在という状態で、二日酔い、むくみ、立ちくらみなどが当てはまる。

 漢方薬がより広く使われるように、西洋医学への翻訳を進めているが、漢方独特の考え方も知ってもらいたい。

柴原直利(しばはら・なおとし)
 1986年富山医科薬科大学卒業。同大学医学部助手、同大学和漢薬研究所(現富山大学和漢医薬学総合研究所)客員教授を経て、10年から現職。



質疑応答

  原料の収穫は天候に左右され、枯渇問題も懸念されるが、成分の合成研究はなされているのか。

  (済木):生薬を合成品に切り替えることはなされていない。生薬は収穫状態によって成分が変わる可能性があるので、クオリティコントロールをやらないといけない。枯渇問題に関しては、栽培したり、代替物を考えるなどしないといない。10年前に葛根湯に入っている麻黄の減少が問題になったが中国で栽培化された。日本でも栽培化に本腰を入れる必要がある。

  (柴原):(合成研究は重要だが)漢方薬は、効いている成分の同定が難しい。生薬の主要成分だけを足せばいい、というものではなく、微量しかない成分の小さな作用まで合わさることで、全体の効果となっている。効いていることは確認できるが、なぜだかわからないというのが現状だ。

 (■=やまいだれの中に於)

2012年5月25日  読売新聞)

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