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知の拠点セミナー

「箙多様体のオイラー数を計算する」(7月20日開催)

京都大学数理解析研究所・中島啓教授

 数学の最先端の研究を紹介するのは、かなり難しい。それは、数学の研究が、一般の方には全くなじみのない言葉で語られていて、その言葉を理解するまでに、数学を専門として勉強しなければならないからだ。

 それでも、数学者が何となくどんなことをやっているのか、数学者がどんなことを面白いと思っているのかを伝えたい。
「考えることが一番面白い」

 我々が研究をやっていて面白いと思うのは、そこに至るまで勉強していくことが面白いわけじゃない。数学の研究というのは、「問題を解くこと」と想像されるのではないかと思うが、答えが分かっている問題を解くということと、答えが分からないものを調べているというのは全然違う。高校までの数学と、研究の数学の一番大きな違いだ。我々は、本当に分かっていないことが、分かったときの喜びというのを糧にして研究をしている。

 どういう問題が分からずに悩んでいて、分かったときにどんな気持ちがするかお伝えしたいが、それもやっぱり難しい。いきなり私のやっていることを話しても、知識として伝わっても、1回今日終わったら、そのまま終わってしまう。数学の研究では、考えるところが一番面白いので、考えるということを少しでも伝えたい。

 前半では、現代数学の基礎の一つであるトポロジーへの入門ということで、「オイラー数」を切り口にする。数学者が問題を考えるというのが、どういうことなのか伝えたい。

 前半で準備すれば、最先端のことも何となくイメージがつかめてくると思うので、後半で私が実際にやっていることを伝える。数学的な内容に深く立ち入ることは無理ですが、どういうことが一番面白いと思っているのか伝えたい。

「オイラー数の性質と意味」

図1

 オイラー数は、有名なので聞いたことがある方が多いと思う。三角形とか四角形、五角形とかの図形を考えて、頂点の個数、辺の本数、面の枚数を数えていく。そして、その和、足し算を考える。ただし、単純に全部足すのではなく、辺の本数だけ引く。頂点の個数、引くことの辺の本数、足す面の枚数。交互に足す、引く、というふうに考える(図1)。

図2

 頂点、辺、面という順番は、大きさの順に並んでいる。頂点は点で、一番小さい。辺は、長さを持って延びている。面は、平面的に延びている。図形Xが与えられたときのオイラー数を、e(X)で表す。三角形で計算してみると、3―3+1=1、四角形のときは、4−4+1=1。すぐ分かると思うが、何角形でやってみても、n角形なら頂点の個数がn、辺の本数がnで、面が1枚なので、n―n+1=1。全部必ず1になる。辺の本数を引いているのがポイントで、足した場合はどんどん増えるが、辺の数を引いているおかげで、ずっと1のまま。(図2)

 計算するだけでなく、もう少しじっくりオイラー数の性質を検討したい。三角形だったら形によらず、オイラー数は同じ。正三角形でも二等辺三角形でも直角三角形でも、全部同じ。頂点の個数も、辺の本数も、面の枚数もそれぞれ同じなのだから当たり前。四角形も、長方形とか台形とか平行四辺形とか、いろんな四角形があるが、オイラー数も全部同じ。だけども、それに比べて当たり前でないのは、三角形でも四角形でもオイラー数が同じく1になること。計算すればそうなるが、なぜそうなのか。やってみたら分かったという理解しかない。どんなn角形でも必ずオイラー数が1となるのは、それほど当たり前ではない。なぜそうなるのかを、実際に数えることをしないで、理屈で説明する。

図3

 多角形の辺の途中に点を足しても、(オイラー数が)変わらないという点がポイント。この九角形の辺の途中に新しい点を付けても、九角形であることに変わりはない。(図3)

 この加えた点で辺が曲がっていないので、普通は十角形とは言わないが、ここの点で辺を折り曲げたら十角形になる。数える上では、頂点の個数、辺の本数、面の枚数は変わらない。だから、一方を九角形、加えた方を十角形の代わりだと思ってオイラー数を比べたい。点の数、辺の数、面の数はどう変わっているのか。点の数は、この黒丸の点が付け加わったので、一つ増えている。辺の本数は、この黒丸の点で辺が二つに分けられ、一つ増えた。面の枚数は同じ。オイラー数は、「頂点の個数」−「辺の本数」+「面の枚数」なので、頂点と辺の両方が一つずつ増えても、キャンセルするから変わらない。これは何回頂点を加えても変わらない。だから、オイラー数は同じであることが実際に数えなくてもわかる。

 後の説明に使うので、だんだんと角を増やしていくことの極限の円板を考える。(たとえば、正三角形よりも正五角形のほうが円板に近い。正百角形や正千角形というふうに増やしていくと、正多角形は円板に形状が近づいていく。正n角形のnを無限大に増やしていくと、「極限」が円板になる、という言い方をする)。いろいろな考え方がありますが、どんどん点の数が増えていくと、辺の数も増えていき、無限大−無限大でオイラー数は1となる。円板のオイラー数は1と定めるのが自然だ。

図4

 次は、もう少し複雑な操作をする。(図4)

 多角形に対角線を引いて、辺を増やすと、どうなるか。頂点の個数は変わらないが、辺の数は1本増える。面の枚数を数えると、もともと1枚しかなかったのが、2枚に新しく分かれているから、面の数は1枚増える。点を足した場合とよく似ている。さっきは、点の個数と辺の本数が1ずつ増えたのでオイラー数は変わらない。今度は、辺の本数が1増えて、面が1増えるので、キャンセルされて、オイラー数は変わらない。この操作は何回も繰り返すことが出来る。

 もう少し、複雑にする。例えば、加えた辺の途中に新しい頂点を置き、そこから新たに対角線を引く。辺の途中に点を打った分だけ点の個数が1個増え、辺の数も1本増える。そこからもとからあった頂点の間に対角線を引くと、辺の数が1本増えて、面の数が1枚増える。だからオイラー数が変わらないことがわかる。こういうふうに、与えられた図形をいっぱい切り分けてやったとしても、オイラー数というのは、ずっと1のままということが分かる。オイラー数は、図形の基本的な性質を表していて、中がどうなっているか、細かい構造はあまり気にしない。全体としてどういう形をしているのか示している。

図5

 オイラー数には、次の大切な性質がある(図5)。図形XをYとZの二つに分けたとき、図形を分けずにXのまま計算するのと、YとZのオイラー数をそれぞれ計算して、両方に重なる辺と面の数を差し引いてやれば、同じになる。

 式で書くと、e(X)=e(Y)+e(Z)-e(Y∩Z) (Y∩Zは、YとZに共通する部分の意味)

 九角形を真ん中で二つの五角形に分ける。そうすると、二つの五角形のオイラー数はそれぞれ1。二つの五角形で重複する部分は点が2個で辺が1本で、この部分のオイラー数は1となる。全体では、1+1―1=1になる。

 さきほどオイラー数は、図形の全体的な形のことを示すといったが、この説明は少しそれと反することをしている。オイラー数を計算するには、全体のことが分からなくても、細かく分けて、それぞれの部分、ピースが分かれば、全体のオイラー数が分かる。オイラー数のすごく重要な性質だ。図形の全体的な形をいきなり理解するのは難しいことが多いからだ。

図6

 次に、オイラー数が1でない図形の例を与える(図6)。真ん中に三角形の穴が開いた三角形を考える。頂点と辺を足して考えると、頂点6個、辺9本、面3枚で、オイラー数は、6−9+3=0。ゼロになる。別の解き方としては、最初に、真ん中の穴の部分の三角形の面だけを付け加える。そうすると、面だけの三角形のオイラー数は1で、全体のオイラー数は1−1でゼロになる。

 さきほどと同じふうに頂点の個数をどんどんと増やしていくと、穴あきの円板が出てくる。このオイラー数が0。詰まった円板ならオイラー数は1となる。

図7

 オイラー数が違うと、図形のどこが違うのか(図7)。数学では、トポロジーが違うと言い表す。きちんとした定義ではないが、説明のために多角形が自由に伸び縮みするゴムでできていると考える。ただし、変形は自由にできるが、どこかで張り合わせるとか、切ってしまうことは許さない。ゴムで自由に伸ばせるとすると、三角形で角を一つ取ってきて、のばしてやると四角形になる。どんどんと三角形の角を増やしていくと、円板に変形することができる。そういうふうに自由に移り合うことができるとき、図形は「同じトポロジーを持っている」という。真ん中に穴が開いていると、変形しても同じにできない。直感的に当たり前と思っていただけることを期待している。その性質の反映として、オイラー数が0と1で違う。若干、論理の飛躍がありますが、認めさせて下さい。

図8

 トポロジーと言う学問では、移り合う図形は同じであると思い、違う図形がどれぐらいあるかを問題にする。だから、その判定条件、オイラー数が同じだからといって、トポロジーが同じということは、結論できない。オイラー数が違えば、トポロジーは違うということは正しい。トポロジーで一般的に有名な話として、コーヒーカップとドーナッツは同じとなる(図8)。

図9

 中身が詰まっていない正多面体と球の表面のオイラー数を考える(図9、10)。中身が詰まっていない多面体がゴムで出来ていると認めると、中身が詰まっていない球の表面と同じになる。球面を北半球と南半球に分けて、オイラー数を計算する。半球はゴムでできているとすると、ペシャッと潰して、中が詰まった円板になる。北半球のオイラー数は1で、南半球も1になる。

図10

 共通部分は赤道で、中身の詰まっていない円板と等しい。赤道のオイラー数は数えてなかったが、円板のオイラー数から面の個数を引いただけなので、1−1=0となる。したがって、「北半球のオイラー数」+「南半球のオイラー数」−「赤道のオイラー数」で、1+1−0=2となる。凸(とつ)な多面体だったら、必ずこの式になり、オイラーの多面体定理という。

「目に見えない図形を考える」

図11

 直感で当たり前に感じることについて、なぜ数学者がオイラー数を考えて調べたいかというと、数学では目に見えない図形を取り扱うからだ。目に見えない図形なのに形があるというのは、禅問答みたいだが、ちゃんと意味がある。最初の簡単な例「3次元の超球面」で説明する(図11)。

 数と座標を使って、図形を表すのは、数学者のデカルトがあみ出した方法で、xやyという数で直線を表すのはその例だ。(例えば、半径が1の円周は、平面のx−y座標で、xの2乗+yの2乗=1という数式で表すことができる。半径が1の球面は、立体のxyz座標で、xの2乗+yの2乗+ zの2乗=1という数式で表すことができる。円周は線なので1次元、球面は平面なので2次元)。数と図形というのは関係していて、数の世界では、いくらでも大きい個数の数を取り扱うことができる。

 3次元の超球面は、いままで出てきた普通の2次元の球面よりも1つ次元があがっているので、3次元の超球面と呼ばれる。4次元空間の中で原点からの距離が1の点の全体の図形で、普通には見えない。式で書くと、x、y、z、tという四つの実数があって、それぞれの2乗の和が1になる。(xの2乗+yの2乗+ zの2乗+tの2乗=1)。

 この式を満たしているような、x、y、z、tの全体というのを考える。式だけのような気もするが、ここで、tの2乗を忘れたものは、x、y、z空間の原点からの距離が1の球面になっている。そこに変数を一つかましたもので、同じように何か図形として取り扱う。

 普通に4次元空間といったが、我々が住んでいるのが縦、横、高さの3次元空間なので、そのままでは意味が見えない。だけど、3次元の超球面は図形であってなにか形を持っているので、調べたい。どういう意味で形があるのか、きちんとした定義はあるが、少し大変なので、説明は省略する。

 このオイラー数を求めるための準備として、最後の変数tを右辺に移す。(xの2乗+yの2乗+ zの2乗=1−tの2乗)。

 そして、tを止めたときに、他のx、y、zがどういう図形になっているか考える。例えば、3次元の球面で言うと、zを止めるということは、x−y平面に水平な面ができる。球の切り口は小さな円となって、円周が見える。(z=0なら、xの2乗+yの2乗=1という赤道部の円になる。z=ルート0.6なら、xの2乗+yの2乗=0.4となり、半径がルート0.4の小さな円となる)

 同じように考えて、半径が、「1−tの2乗」の平方根となる。ただし、左辺がマイナスになってしまうため、−1≦t≦1。

 象徴的に同じことを行って、tで軸を止めて、切った切り口を考える。3次元球面での切り口は(1次元の)円になっているが、2次元の球面になっているという絵を心の中で想像していただいて、切った切り口から球が出てくる。それが3次元の超球面の図になる。

 tを時間軸というふうに考えて、想像した地球儀で時間が下から上に流れているように考える。tの値を止めるというのは、ある時間で3次元の超球面を切って、その時間でどういう形をしているのか、見ることになる。そうすると最初の南極は何もなくて(t=−1だと、xの2乗+yの2乗+ zの2乗=0で、x=y=z=0となる)、だんだん球が大きくなって、赤道のときに球が最大になって(t=0だとxの2乗+yの2乗+ zの2乗=1となる)、時間が北極までいくと消えてしまう(t=1だと、xの2乗+yの2乗+ zの2乗=0で、x=y=z=0となる)。それが3次元の超球面の図となる。

 3次元超球面の南半球だけを取り出して考える。球が何もないところから膨らんでいって一番大きくなるという形になる。時間を早回しにすると、どんどん早く膨らむ。無限に時間を早くした極限にすると、何もないところから、一番大きなところまで全部同時に起こる。これがどんどん早くなっていくと、全部一瞬でおきる。つまり、球の中にそれより小さい球がいっぱい詰まっている様子を表す。球の中身まで詰まった球を考えている。

 だから、3次元超球面というのは、中身が全部詰まった球が、南半球と北半球にあって、その交わりは赤道となる。ただし、赤道も、普通の意味の赤道でなくて、普通の球面になっている。

図12

 次に3次元のオイラー数を考える(図12)。今度は、「頂点の個数」−「辺の本数」+「面の枚数」−「立体の個数」となる。簡単な場合は、正四面体の中身を詰めたもの。中身が空っぽの正四面体のオイラー数が2なので、2−1=1となる。立体のゴムを考えて、2次元球面の中身が詰まった形のオイラー数も1となる。

図13

 すると、2次元球面のときのやり方と同じで、3次元超球面を“北半球”と“南半球”に分け、真ん中の“赤道”のオイラー数を引いてやることで、オイラー数を求めることができる。“北半球”と“南半球”は中身の詰まった球で、オイラー数は1。赤道は、2次元では中身が詰まっていない円板だったが、今回は2次元球面。そうするとオイラー数は2ということになる。だから1+1−2=0。3次元超球面のオイラー数は0となる。ここまでが頭を使っていただくという準備になる(図13)。

「素粒子研究で登場した(えびら)多様体」

 後半の話を始める。3次元超球面というのは、数学者が取り扱う絵には描けない図形の中では、一番簡単な図形で、何となく感じをつかんでいただきたいという意味で紹介した。

 実際に取り扱うのは、もっと目に見えない図形で、図形と言いにくくなるので、普通数学では空間という。もっと高い次元の空間、もっと形がわからないような空間を数学では取り扱う。一般的な3次元を考える代わりにn次元を考える。2、3次元と規定しないで、どんなnでも成り立つように、n個の数がある。それもまた変数になる。そして、その数の全体がなす空間というのを考える。2個の数があると2次元、3個の数があると3次元。n個の数あるときは、n次元の空間となる。

 いまは、実数から出発したが、今度は、2次元球面の上の二つの点の全体のなす空間を考える。空間の次元というのは、どれだけ自由度があるかということを表している。2次元とか3次元というのは、一般的に明らかなのでそれから類推して考える。2次元球面の上の二つの点がどれぐらいの自由度をもっているか考える。一つの点がどれだけ動けるかというと、2次元分の自由度を持っていて、もう一つの点がまた勝手に動けるとすると、もともと二つあった自由度が二つ出てきますので、2×2で4次元になる。すると、2次元球面の上の3点がなす空間は、自由度2が3個あるので2×3で6次元となる。同じように、n点のなす空間は、2×n次元。このような空間は絵に描くことができないが、数学ではよく出てくる。

 トポロジーだけでなく、そういうような数字の集まり、全体の構造を調べるのは、数学のいろいろな分野で出てきて、基本的な考え方として、そういう空間のオイラー数を計算すると、そういう構造が何か反映されることになる。たとえば、方程式が出てきて、方程式の全体のなす空間、いちばん簡単な例が3次元の超球面ですが、もっと複雑な式を出してきて、その空間のオイラー数を計算するのは、トポロジーの問題と考えることができる。元々の式は、代数の問題で、オイラー数を使うことでトポロジーのテクニックを使って研究できる。で、なぜオイラー数が便利なのかというと、空間を分けて、それぞれについて足し合わせれば、全体の構造が分かる。全体的な形が、部分のことを知っただけで分かる。そこにありがたみがある。そのため、オイラー数というのは、数学のいろんな分野で使われる基本的な道具となっている。

図14
図15

 私が研究しているのは、(えびら)多様体と言われている空間で、定義を説明するのは大変なのですが、非常に雑なことをいうと、4次元の空間があって、その上にn個の点があって、その全体のなす空間というのがイメージ。4×n次元の空間になっている。(図14,15)

 理論物理学に源を置いていて、4次元のゲージ理論を研究するために導入された。縦、横、高さに時間まで合わせて、四次元の時空として扱うのは物理では基本的だ。ゲージ理論というのは、さまざまな素粒子を説明するための理論で、点を素粒子だと思うと、粒子の生成、消滅まで考えることができる。考えているn個の点というのは、決まった数でなくて、1個の時も、2個のときも、5個のときも考える。一つ一つが空間を成しているのですが、その空間自体が更に集まって構造を持っている。空間の集まりの構造に面白いものがあるとだんだん分かっている。生成・消滅ということまで何か理解したいと思うと、5個の空間だけ止めておくことに意味はなくて、5個から4個に減るときも、絡み合っている。だから、その個数というのは決めないで、空間が数ごとにいっぱいあるのですが、それを全部集めて、その全体のなす構造を調べないと、粒子の生成、消滅までは絶対理解できない。

 箙多様体というのは、幾何学的表現論と呼ばれる分野と関係があることが分かっていて、そういった視点でも全部を動かしたときの構造を調べることが非常に大切。私が研究をやっている上でおもしろいと思っている点の一つだ。とびとびにあるものを全部集めて考えると、構造が見えてくるというのは、数学では昔からよくある。

 箙多様体のオイラー数の全体を表す関数を計算すると、驚いたことがある。エータ関数、ヤコビの楕円(だえん)関数と呼ばれ、数学のなかでは19世紀からよく知られている関数が出てきた。いろんな数学の分野に表れてきた大切な対象とつながった。それはすごく不思議なことで、楕円関数が現れる世界は、複素平面で、箙多様体の出発点からはまったく見えてこない。計算して、関連があるということは分かるのだが、なぜかが分からない。そういうつながりが分かったときに数学では、その背後に新しい理論があるのではないかと考える。数学者の目標として、こういう新しい現象を説明する、新しい理論をつくりたいと思い、いま一生懸命研究している。

 【質疑応答】

  箙という言葉は、弓矢を入れる筒の意味を指すが、箙多様体の語源は? 

  名前は、下世話なことをいうと、あまり意味がわかるような言葉をつけたくなかった。意味が分かると意味が気になる。数学というのは最初に思った意味が実は本質的じゃなくて、後からだんだん大事なことが分かっていくことが多い。英語にも箙と言う言葉があって、大学の報告書を出すときに日本語の訳として、同じように意味の分からない言葉を選んだ。

 実際の語源は、箙多様体を研究する際に弓矢のような形をした矢印をいっぱい使うから。x→yという、簡単な線型写像がいっぱい出てくる。それで、→がいっぱい出てくるので、箙多様体と呼ぶ。箙の形状とは関係がない。

中島啓(なかじま・ひらく)
 1985年東京大学理学部数学科卒。同大学大学院理学系研究科で博士号取得。同大学助手、東北大学助教授、東京大学大学院助教授、京都大大学院助教授を歴任した。2000年、同大学大学院理学研究科教授に就任し、08年から現職。

 図は中島教授提供。(本文は補足取材も加えてまとめました)

◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。毎月1回、東京・品川で開いている。日程や参加申し込みは、セミナーのホームページへ。

2012年8月3日  読売新聞)

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