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知の拠点セミナー

「ゲノム情報の読み取りから難治疾患に挑む」(8月24日開催)

東京医科歯科大学難治疾患研究所

哺乳類の進化を解説する石野教授=上甲鉄撮影

 ◇「ゲノム情報から哺乳類の進化を読み解く」…石野史敏教授

 19世紀の科学者ダーウィンのおかげで、生物は進化で種類が広がったと知ることができた。我々はゲノム(全遺伝情報)を調べることで、当時以上に進化について確信を持てる。遺伝子が、4種類の塩基の組み合わせでたんぱく質を作る際、大腸菌でも動物でも、共通のルールに従っている。論理的には、生物すべてが同じものから分かれたとしか考えられない。

研究進む哺乳類ゲノム

図1

 進化の話というと、昔はホヤやナメクジウオの研究が多かったが、ゲノムが読める今は、人間に近い哺乳類の研究が盛んになった。哺乳類には、カモノハシやハリモグラのような卵生の単孔類、カンガルーやコアラのような有袋類、そして人間やマウスといった真獣類の三つのグループがある(図1)。卵を産むものでも授乳する。つまり、哺乳類の定義は胎生ではなく、母親が授乳することだ。

 遺伝子により次の世代に様々な形質が伝わる。実は生物は基本的に、単為発生ができる。昆虫では有名だが、魚類や両生類、爬虫類(はちゅうるい)でも可能だ。一方、哺乳類には両親が必要だ。これは当たり前のようだが、哺乳類だけの特徴で、父親と母親の遺伝子が両方必要だということを意味する。

図2

 哺乳類のゲノムには対になった染色体があり、このうちの一方は父親由来、もう一方は母親由来だ。その中には、父親由来からしか読まれない遺伝子があり、父親性発現遺伝子(Peg)と呼ばれる。母親由来だけの方は、母親性発現遺伝子(Meg)だ(図2)。こうした遺伝子がおよそ120個見つかっており、その中には大切な遺伝子が多く含まれている。

 例えば父親由来のPeg10という遺伝子は胎盤形成に重要だ。Peg10を発現させないようにしたマウス(ノックアウトマウス)で実験すると、胎盤ができないため胎児が育たず、すべて胎児で死んでしまった。

図3

 Peg10は、細胞内で動き回る遺伝物質レトロトランスポゾン由来だ。レトロトランスポゾンは、我々のゲノムの約40%を占めている。最近の研究では、もっとたくさん存在するとも言われている。実は、ヒトゲノムプロジェクトで最大の成果とも言えるのは、ヒトのゲノムには30億塩基対あるうち、我々が大切だと思っていた遺伝子はわずか2%しかなく、役に立たないとか、利己的遺伝子とか言われるレトロトランスポゾンがたくさんあるとわかったことだ。

図4

 では、哺乳類はいつPeg10を獲得したのか。ゲノムを調べると、Peg10は鳥類や魚類、そして哺乳類の単孔類はもっていない。一方で、ほかの哺乳類、つまり有袋類と真獣類はもっている。このことから、我々と単孔類が分かれた1億8600万年前より後、真獣類と有袋類が分かれた1億6000万年前より早い段階に、我々はPeg10を獲得したことがわかる(図3)(図4)。

進化のカギ、動く遺伝物質

 レトロトランスポゾンは、ゲノムの中で入る場所が悪いと、必要な遺伝子の働きを封じて病気を引き起こすなど有害な側面がある。ただ、通常は、あまり動き回って有害な働きをされては困るので、メチル化という処理で無害化されている。それが、どういうタイミングで発現するのかは詳しくわかっていない。

 我々は、胎盤で少しずつ発現させながら、このレトロトランスポゾンを確認しているのではないかと考えている。胎盤は、ほかの臓器に比べてDNAのメチル化が弱いから、少しずつ発現している。胎盤という臓器を使い、我々の祖先たちはレトロトランスポゾンを発現させて、有害か無害か、役に立つか立たないかを調べるような実験をしてきたのではないだろうか。

 こうして、進化の過程で有利な形質として残ったものが、我々にとって大事な役割を果たしている。レトロトランスポゾンは、生活というスパンで見ると有害だが、進化という長いスパンで見ると有益に働くこともあるということだ。非常にまれながら、Peg10のようなことが起こって胎盤が生まれ、我々がいる。ゲノムを調べると、我々は偶然の産物だとわかる。

石野史敏(いしの・ふみとし)
1978年東京大学理学部卒。東京大学応用微生物研究所助手、東京工業大学遺伝子実験施設助教授を歴任。2003年から現職。
転写因子について語る北嶋所長=上甲鉄撮影

 ◇「転写の仕組みと遺伝子ネットワークのシステムズ解析から抗がん剤の標的を見つける」…北嶋繁孝所長

 我々の細胞には1分子のDNAがあり、そこには30億の塩基対がある。その中には、約3万個の遺伝子とそうではない部分がある。転写とは、このDNA上にある遺伝子を、RNAに読み取らせる作業のことだ。

組織の管理職「転写因子」

 DNAを複製したり、読み取ったRNAからたんぱく質を作り出したりする作業に比べ、転写の速度は遅い。細胞を試験管で培養すると1日1回くらい分裂する。複製作業は5時間ほどで終えるが、転写は、いたんだ部分を修復しながらゆっくり進み、15時間くらいかかる。質の悪いRNAを供給して変な細胞を作るとまずいので、品質管理に時間をかけている。

図1

 転写は細胞の核の中で起こるので、その中のたんぱく質を詳しく調べると、転写にはRNAポリメラーゼIIという酵素と6種類の遺伝子が必須だとわかった。このRNAポリメラーゼIIという酵素の立体構造を解析し、転写の仕組みを解明したコーンバーグ博士は2006年にノーベル賞を受賞した。この仕組みを転写装置と呼んでいる(図1)。

 この転写の機構が異常をきたすと「転写症候群」という病気になる。紫外線が普通に当たる程度でも、やけどのような状態になってしまう色素性乾皮症という病気もその一種で、日本でも約450例ほど確認されている。他にもこうした病気はあるが、がんも含め多くの病気は、転写を制御する「転写因子」の異常で起こる。

図2

 遺伝子同士は、それぞれが影響を与え合う複雑なネットワークを構築している。このネットワークの中で司令塔のような役割を果たし、生命活動に多くの影響を与えるのが約2000個ある転写因子だ。人間関係に例えると、組織の管理職のような役割だ(図2)。それぞれの遺伝子は個別の働きを持つが、コンピューター技術の進歩で、それらの情報を集めて全体の機能を解析できるようになってきた。計算科学(システムズ解析)を駆使したシステムバイオロジーと呼ばれるこうした研究は、非常に重視され始めており、米国では国立の研究機関が10か所前後も設立されている。

遺伝子のネットワーク

図3

 具体的な病気について考えたい。がんの悪性度や治療抵抗性、抗がん剤など薬の副作用も、遺伝子ネットワークが関係する。1個のがん細胞は個人の特異的なゲノム異常だが、それを組み合わせて解析することで、がんについてのネットワークも描ける。

 p53という遺伝子は、がん抑制に関係しており、ゲノムの守護神とも呼ばれている(図3)。p53が変異を起こすと、がん細胞の分裂を止められなくなったり、傷ついたDNAの修復ができなくなったりする。この遺伝子は一番上位にくるので、下位の遺伝子がたくさんあるはずだと思って関係する遺伝子を調べたところ、非常に複雑なネットワークが明らかになってきた。

図4

 こうした中で、ある遺伝子が別の遺伝子を刺激してがん細胞を抑制する様子や、その遺伝子がないときは別のルートでがん細胞を攻撃できる方法があることなどが、解析の結果わかった(図4)。

 このように、遺伝子同士の応答をとらえることで、どの遺伝子を制御すればがん細胞の増殖を抑えることが可能になるのかなどがわかるようになり、その結果、より安全で有効な治療薬を見つけることができると考えている。

北嶋繁孝(きたじま・しげたか)
1977年九州大学医学部卒。エール大学研究員、東京医科歯科大学助教授、九州大学助教授を歴任。97年、東京医科歯科大学教授に就任し、2009年から現職。



◇質疑応答

  父親由来の遺伝子と母親由来の遺伝子は、どうやって区別しているのか?

 (石野)父親由来の遺伝子(Peg)と母親由来の遺伝子(Meg)は同じ領域にあり、その領域の中にコントロールする部分がある。そこがメチル化されるとPegができ、メチル化が取れるとMegができる、というような仕組みになっている。だから、必ずどちらかしか発現しないようになっている。非常に不思議だが、そのようになっている、としか言いようがない。

  新たに見つかる難病がある一方で、治療法ができて難病ではなくなるものもあると思う。難病は増えているのか、減っているのか?

 (石野)遺伝子が詳しくわかればわかるほど、増えてくると思う。大勢で起こるものは少ないかもしれないが、ある個人だけに起こるようなものを含めると、かなりの数になるのではないか。ただ、原因遺伝子とその機能がわかれば、治療につなげることもできるだろう。

 (北嶋)研究を進めていくと、ある時期は増えることもあるだろうが、それを克服すれば減ってくるだろうと思うし、そうしなければならないと思っている。我々はゲノム研究という手法を手に入れているので、あらゆる病気の研究に役立てたい。

 (図は石野教授、北嶋所長提供)

◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。毎月1回、東京・品川で開いている。日程や参加申し込みは、セミナーのホームページへ。

2012年9月2日  読売新聞)

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