ベンツ２８０ＳＬ　婚約指輪代わりの一台

「みどりちゃん」と一緒に写真に納まる飯島位夫さんと幸枝さん

メルセデス・ベンツ２８０ＳＬ

ライトは独特の形をしていて、「縦目のＳＬ」の愛称で親しまれている

ハンドルの形も味わい深い

車は２人乗り

排気量２．８Ｌの６気筒ＳＯＨＣエンジン

スマートな外観

後ろ姿。屋根は真ん中が少し低くなっている

　都内のマンション。駐車場を出た緑の車が小さなロータリーを１周し、マンションの入り口の前にすっと止まった。

　「買って、まもなく３０年になります」。都内でクリニックを営む医師の飯島(いいじま)位夫(のりお)さん（６７）は穏やかに語り始めた。この車、すなわちメルセデス・ベンツ２８０ＳＬに乗った３０年は、飯島さんが幸枝(さちえ)さん（６９）と結婚してからの年月と重なる。というのも、ベンツ２８０ＳＬは二人のエンゲージリングだからだ。

　「ぼくは外科医だったので手術をするから普段は指輪ができない。それじゃあ車にしちゃおうか」ということで車が婚約のしるしになった。最初は英国車の「モーガン　プラス４」もいいかなと思っていたが、ハンドルが重く運転しにくい。幸枝さんも運転できる車ということで、ベンツ２８０ＳＬに落ち着いた。車庫証明をとり、車を手にした１９８３年、結婚した。

車体の色にもこだわり

　２８０ＳＬはメルセデス・ベンツＳＬクラスの２代目「Ｗ１１３」の一連の車の中では最高の性能を誇る。ライトの形から「縦目のＳＬ」の愛称で親しまれている。排気量２．８Ｌの６気筒ＳＯＨＣエンジンを搭載し、最高出力は１７０ｐｓ。パゴダルーフと呼ばれる中央が低くなった屋根の形も特徴的だ。１９６８年から７１年にかけて２万３０００台余りが生産された。

　飯島さんがこの車に魅せられた理由のひとつが色だ。しっとりとした緑。華やかさはない代わりに、都会を走っても自然の中を走ってもしっくりくる。飯島さんは一目見た時からこの色が気に入った。塗装をしなおす時も「ぴかんぴかんだと困る。それなりの年代風に、よれた風に仕上げて」と業者に指定する。乗る時はカーディガンの色も車体に合わせるこだわりようだ。

　指輪代わりの一台を幸枝さんは「みどりちゃん」と呼ぶ。大きな故障もなく、「本当におりこうね」と、わが子のようにかわいがっている。紅葉の季節の日光、箱根…あちこちに行った。今でも週に何回かはこの車を運転、なくてはならない足になっている。

　この車は着脱可能なハードトップ（屋根の部分）がついていて、オープンカーにもなる。オリジナルの状態のままで使うことにこだわる飯島さんは、エアコンの装備を頑として拒んでいる。夏は暑く、冬は寒い。ある時、高速道路を走っていると、バスのお客や周囲のドライバーがみんなこちらを見ている。「車を見ているのかな」と思った飯島さんは、幸枝さんの姿を見て仰天した。あまりに暑いからとデパートの紙袋を頭からかぶり、目のところだけ穴を開けていた。この時のことを思い出すと、今でも笑いをおさえきれない。

お気に入りのコース「楽しみ」

　飯島さんの車好きは父親譲りだ。小さいころバイクの後ろに乗っけてもらい、遠出をしたことを覚えている。小学校４年か５年のころには家には車があり、自然と車に親しんだ。日本車から英国車までいろいろな車に乗ってきたが、２８０ＳＬ以上の車にめぐり合うことはなかった。

　３０年間大きな故障はなかった。メンテナンスも楽な上に、「乗っていること自体が楽しいですね。ばか速いわけじゃないけど、アクセルを踏んだらそれなりのレスポンスがあります」と性能の高さに満足している。とはいえ、古い車にとって雨は大敵。ハードトップにしていても、どこからか雨がしみこんできて、さびが出ることが怖い。外出中も雨が降ってくれば屋根付きの駐車場を探し、車を預けて帰ってくるほど。メンテナンスに細心の注意を払い、この車とずっと付き合っていくつもりだ。

　１１月３日に開幕するラリーニッポン２０１２。大会には第２回から連続して出ており今度で３回目だ。「コース設定が楽しいですね。神社仏閣があって、宿場町があって。行くたびに、どうぞいらっしゃいって、ウエルカムなんですね。勝った負けたではなく、お気に入りの車でお気に入りのコースを走るのが楽しい」と開幕を心待ちにしている。その姿を幸枝さんは「まるで幼稚園の子供が遠足を楽しみにしているみたい」と言って目を細めた。（写真と文・メディア戦略局編集部　田口栄一）

　クラシックカーの祭典「ラリーニッポン２０１２」（読売新聞社など後援）が１１月３日に開幕する。大会に参加する人たちのインタビューをシリーズでお届けする。