Photo by Yoshiko Miwa
小林さんは午後も、将棋の指導などのボランティア活動を行う。
「『将棋を教えてくれ』と言われるのは、生きがいで、張り合いです」
という。
「収入にならないかと思う」
とも語るが、それは難しいようだ。小林さんに将棋を習う高齢者たちに、経済的に十分なゆとりがあるわけではないからだ。
午後5時過ぎ、小林さんは帰途につく。夕食は午後6時ごろ。自宅で米を炊き、作り置きのおかずと一緒に食べる。おかずは、ヘルパーに作ってもらっている。介護保険で「要支援2」と判定されている小林さんは、週に2回、1.25時間ずつのヘルパー派遣を受け、家事・買い物などの支援を受けている。生活保護には「介護扶助」があるが、介護保険が優先適用される。
午後7時にはベッドに入る。すぐに寝るのではなく、TVを見たり、川柳を作るなどの書きものをしたり、本を読んだりする。眠くなったら眠りにつく。
Photo by Yoshiko Miwa
生活はギリギリだ。「ガス湯沸かし器が故障した」といったできごとの1つずつが、「その費用をどうすれば捻出できるか」という悩みの種になる。たまには故郷の京都を訪ねて墓参もしたい。最後に京都を訪ねてから、もう2年が経過しようとしている。しかし、交通費を捻出できる見通しはついていない。娯楽や嗜好品に向けるゆとりはほとんどない。2日に1箱のタバコが、唯一の嗜好品だ。
それでも小林さんは、穏やかな笑顔をほころばせながら「今が一番いい」と語る。「たぶん、そうなのだろう」と筆者も思う。六畳の和室・四畳の台所・トイレ・玄関がある、一人暮らしにはちょうどよい広さの木造アパート。家賃は4万5000円。浴室はないけれど、入浴の機会が何らかの形で確保されていれば、不便というほどの不便はないだろう。
筆者が小林さんの住むアパートに伺った時には、南向きの窓が開け放たれていた。そこには小さな庭がある。スズメの鳴き声が聞こえてくる。さわやかな風が窓から吹き込み、柔らかな日光が差し込んでくる。お茶をごちそうになりながら、筆者は「長生きは辛いことじゃないはずよ」という中島みゆきの歌の一節を思い浮かべていた。こんなふうに日々を送れるのならば、長生きはきっと辛いことなんかじゃない。たぶん、とても素敵なことだ。
この穏やかな日々にたどり着くまでの小林さんの人生は、どのようなものだったのだろうか?