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VOL.30 精神科診療所が立ち上げた就労支援システム

2007年、精神科診療所の医師6人が集まり、患者さんのために就労支援システムを立ち上げた。NPO法人「大阪精神障害者就労支援ネットワーク」である。設立から2年、すでに2か所の就労移行支援事業所を運営し、続々と就職者を送り出している。医療的バックアップが保障された活動は、利用者はもとより雇用側の信頼も厚い。代表理事の田川氏は「当初はボランティアだったんです」と笑う。経営的基盤も少しずつ整い始めた今、各メディアから注目され始め、遠方からの見学・入所の問い合わせも相次いでいると言う。


田川精二

田川精二
くすの木クリニック(大阪府大東市) 院長

1970年、医学部に入学。1980年に友人と2人で精神科診療所を開き、9年後に「くすの木クリニック」を開業、デイケアも併設する。通所者の30%が統合失調症。2007年にNPO法人「大阪精神障害者就労支援ネットワーク」を地域の開業医ら6人で立ち上げ、同年より就労移行支援事業所「JSN(Job Support Network)門真(かどま)」、2008年より2軒目となる「JSN茨木」を運営。共著に『介護福祉のためのリハビリテーション論』(医歯薬出版 2000年)がある。


医師が手がける就労支援

2007年に立ち上げたNPO法人「大阪精神障害者就労支援ネットワーク」は、「JSN(Job Support Network)門真(かどま)」、「JSN茨木」と2つの就労移行支援事業所を運営しています。就労支援に医師が全面的に関わっているケースは、非常に珍しいと思います。ですが最近は、各関連学会でも就労支援がよく取り上げられるようになりました。これまでになかった動きです。今はまさに精神障害者のQOL(生活の質)を見直す時期なのではないでしょうか。

立ち上げの経緯からお話ししたいと思います。

「就労などしたら悪化するかも知れない……」

多くの患者さんは、症状が落ち着いてくると「先生、そろそろ働けるでしょうか」と聞いてきます。でもそこで精神科医は「就労などしたら症状が悪化するかも知れない、万一自殺でもしたら……」と、負荷を避けたいと思う。私もそうでした。どうしても無難に無難に、と考え「治療に専念しましょう」と、あまり就労を勧めていなかったんですよ。実際、病気を隠して就職し潰されて帰ってくる患者さんをたくさん見ていました。

85%が「働きたい!」

1994年、当院の患者さんにアンケートを行いました。「これからしていきたいことは?」の問いに、統合失調症の85%もの方が「働きたい」と答えたんです。これはショックでした。自分には今まで何ができていたのかと。

また、福祉施設につながっている精神障害者は全体の1割に過ぎません(2004年 大阪精神科診療所協会調査)。残りの9割は医療機関に通うのみ。しかも授産施設などは「障害者が安心していられる場所」を目指していたので、就労を視野に入れて運営しているところはごくわずかです。制度上やむを得ない面もあり、「居場所」も非常に大切ではあるのですが。

しかしこのままではいけない。「無難に」進めることが患者さんの夢やチャンスを奪っているかも知れない。15歳で初めて診察した方が今や40歳を過ぎ、あのときもっと積極的に支援できていたら、この方の人生は違っていたのかも知れない、そう思ったんです。

精神科医であれば、仕事を始めた患者さんがどれだけ安定し、元気になり、どんなにたくましくなったか、何度も見ているはずです。ここはひとつ医療機関が頑張って、患者さんが社会に出ても潰されないよう支援しなければと思いました。

立ち上がった6人の開業医

しかし精神科診療所ではマンパワーが足りず、支援には限界があります。そこで意見を同じくした大阪の開業医6人が集まり、2007年にNPO法人「大阪精神障害者就労支援ネットワーク」を立ち上げたのです。理事6人は皆ボランティアですよ(笑)。むしろ持ち出しで、何かあればカンパし合って運営してきました。ようやく経営に採算の目処がついたのは、設立後半年ほどしてからです。

試行錯誤と、先達と

まず最初に開所した就労移行支援事業所「JSN門真(かどま)」(表1)は、すべて一からのスタートでした。当初は受け入れてくれる企業があるのか、社会の理解は得られるのか、試行錯誤の連続でした。患者さんにあえて負荷をかけることも、もちろん最初は不安でした。

そんなとき、和歌山の「やおき福祉会」紀南障害者就業・生活支援センター、北山守典氏の活動に影響を受けたんです。そこは周囲に就職先が少ない地域で、医療的な支援もほぼなく、10年に300人もの就職に成功していました。ほとんどが統合失調症の患者さんです。こういった先達がいることはとても力強く、私たちにもできないはずがないと思いました。そうして中小零細企業の多い当地に合わせ、システムを徐々に作り上げていったんです。また、多くの福祉施設と違い、JSNは「卒業していく」施設です。ですから定員30名は、ほぼ常に満員状態ですが、就職し卒業していく者と新たな入所者が頻繁に入れ替わっています。

表1:NPO法人 大阪精神障害者就労支援ネットワークとは

概要
事業の種類 :指定障害福祉サービス業、就労移行支援
利用定員 :[JSN門真(かどま)]30名(統合失調症60%、気分障害25%、その他) [JSN茨木]30名(気分障害50%、統合失調症30%、発達障害その他)
職員 :[JSN門真(かどま)]8名、[JSN茨木]8名
利用期間 :2年(障害者自立支援法の定めにより)
就職率 :[JSN門真(かどま)]43%(トライアル雇用*含む)
役員
(2009年現在)
代表理事 田川 精二(くすの木クリニック)
副代表理事 三家 英明(三家クリニック)
理事 渡辺洋一郎(渡辺クリニック)
堤  俊二(つつみクリニック)
川澄 伸樹(かわすみクリニック)
坂元 秀実(坂元クリニック)
藤田 和義(藤田クリニック)
保坂 幸司(JSN茨木所長)ほか
  • * トライアル雇用:雇用前提の企業訓練。試用期間と似たようなもので、特に何もなければ2~3か月以内に採用となる。

    利用条件

  • 強い就労意欲を自身が持っている
  • 18歳~65歳未満の精神障害者
  • 精神科医療の継続(要 主治医意見書)
  • 障害開示での就職(要 精神障害者手帳)
  • 単独で通所が可能(週3日以上)
  • 利用条件

    利用までの流れ

  1. JSNに電話連絡の上、面談日を決定
  2. 面談で本人の意思を確認し、訓練内容を説明ト
  3. 受診医療機関の許可を得る
  4. 面談の内容などで審査、市役所で利用申請
  5. 審査・申請が通ったら利用開始(満員時は待機)
  6. 1か月の試行期間(利用適否見極め)を経て、本利用(~2年間)

基礎訓練で体力を、体験実習で精神力を

「JSN門真(かどま)」では、まず所内で約3か月の基礎訓練を行います。主に手作業ですが、ここでの目的は作業効率アップなどではありません。月曜から金曜まで決められた時間にきちんと通えるか、また休むときには事前連絡できるか等をトレーニングするんです。もちろん人によっては3か月より短い場合もあります(表2)。

次に数か所の企業に出向き、体験実習を行います。所内とは現場の緊張感がまったく違います。それに耐えられるよう、スタッフがジョブコーチとして同行します。企業からの要望や課題があれば一緒に解決していきます。

表2:「JSN門真(かどま)」

  1. 基礎訓練(所内・約3か月):軽作業、パソコン、校正、清掃など
  2. 企業実習(外部協力事業所):製造業、清掃業、事務など
  3. 求職活動(ハローワーク):求職活動の支援
  4. 就職(トライアル雇用含む)
  5. アフターケア:職員による職場訪問、相談など

利用条件

    利用条件

  • 9:20― 出勤・朝礼
  • 9:30― 訓練開始
  • 12:00― 休憩
  • 12:45― 訓練開始
  • 14:20― 休憩
  • 14:35― 訓練開始
  • 16:00― 訓練終了・片づけ
  • 16:20― 終礼・帰宅

トレーニング中は症状が安定する

トレーニング中に再発した方はこの2年で1例だけです。それも一週間程度の入院で済むようなものでした。

私も驚いたのですが、統合失調症の方はトレーニング中とても安定して、調子を崩さないのです。支援者が患者さんと同じ方向を向いて、きちんと支援していると、患者さんは「ハードだけど、こういう方向に行けばいいんだ」と安心感があるようです。「自分一人じゃない、支援者と一緒に乗り切ろう」といった状況だと、ものすごく力を発揮します。ただし本人が「これで大丈夫なのかな」と不安になる中途半端な支援では、逆に動揺させてしまいます。本当に患者さんがやりたいと思った方向に支援し、目標を曖昧にしないことです。

精神科医は「この患者さん、働けるかなあ」と思っていた統合失調症の方が就職し、何度か波を乗り越えると、ものすごく症状が安定するケースをよく体験していると思います。そういう意味で就労支援には治療効果もあると思っています。

高い出席率

一般企業にとっては、社員には休まずに来てもらわないと困りますよね。それをクリアできないと就労は難しい。

JSNを立ち上げるときに、診療所の医師である理事6名で「ここへの出席率はどれぐらいかなあ」と見通しを立てたのです。そのときは「週5日来ると言った人が、実際に来れるのは3日ぐらいで、出席率はせいぜい6割程度だろう」と予想しました。ところがふたを開けてみたら実際の出席率は9割を超えたんです。

休むのは「親が行け行け言うから、仕方なく」というような方。ですが自ら「仕事をしたい」と意欲を持って来られる方は、滅多に休みません。本人がやる気になったときはこんなに力を発揮するんだと、理事の医師も皆びっくりしました。

もちろんここへトレーニングに来られる場合、はじめから週5日通うことが難しかったら、週3日から始めて、少しずつ日数を増やしていきます。そして最終的にはフルタイムでトレーニングできるようにしてから、仕事を探します。仕事に就く準備がどれだけできているかは、その後の離職率に大きく影響しますが、トレーニングや研修を通じて高めていけるものなのです。

トレーニングは時間をかけて

統合失調症の場合、トレーニングには時間をかけることが大切です。前述の北山氏は「自分が忘れてきたものを少しずつ取り戻していくのが、就労支援の過程だ」と言っています。まさにその通りだと思います。きちんとした支援をすれば、少しずつ、もとの自分を取り戻してレベルアップしていかれる方がとても多い。72%の統合失調症の患者さんが、発症前に就労していたわけですから(2004年 大阪精神科診療所協会調査)。

求職活動―アフターケア

基礎訓練、体験実習を経て、いよいよ求職活動をするときはハローワークに同行します。また就労前実習として実際にその企業に行くときも、ジョブコーチがついていきます。

就職後も相談に乗るなどの支援をしています。現法律では就労後6か月までは支援できるのですが、その6か月を過ぎる頃に、本人にはつらい波がいろいろと来るんです。そこで支援しないと潰れてしまう。私の患者さんでもある卒業生が「就労して6か月過ぎたら、JSNとはもうお別れなんですか」と心配そうに言うので、「定年退職まで応援するよ」と伝えました。大げさかも知れませんが、必要なときはしっかり支援に入るつもりです。制度的なバックアップはありませんが、今はもうしょうがないと思っています。今後は、先輩が後輩に助言し支援できるような就労者のOB会も考えていきたいですね。先輩がいて「俺もそういう時期があったけど、こんな風に切り抜けたよ」と言ってくれたら心強いですよね。

離職を防ぐには

精神障害者の離職率が高いのは事実です。病気を隠して、いわゆる「クローズド」で働き始めると、社内の理解も求められず支援も受けられませんから。精神障害は一見してわかりづらいですし、採用面接では皆真面目そうに見える。でもいざ仕事となると「失敗しちゃいけない」と、ものすごく緊張してよけいに失敗してしまう。つらくても病気を隠しているから「つらい」と言えない。無理を重ねていくうちに、やがて朝起きられなくなって辞めてしまう。こういうケースがほとんどです。

ですがトレーニングを重ねて、場面ごとに対処方法を身につけ、さらに支援者が会社との間に入って調整などすれば、離職率はぐっと下がるはずです。病気をオープンにして支援者がつくことは、ものすごく大きなメリットです。

後はその職場に同病の仲間がいるといいですね。例え部署は違っても、休み時間や通勤・帰宅時に話ができるような。お互いに「つらいなあ」「今度遊びに行こうか」などと言い合いながら「自分一人じゃない、皆も頑張っているんだ」と、もうひと踏ん張りできる。

障害者就労の過去と現在

私が開業したのは30年ほど前ですが、その頃は精神障害をオープンにして、仕事が見つけられる時代ではありませんでした。患者さんと一緒に当時の職安に行くと「私だったら病気を隠して就職します」と言われました。障害に理解のある企業はほとんどなかったですね。

2006年からは法定雇用率に精神障害者が加わり、ハローワークの方がすごく協力的になりました。全国平均と比較して、管轄の企業がどれだけ法定雇用率を満たしているか、とても熱心に取り組んでくれます。ただ、ハローワークに「精神障害者を雇いたい」と求人が来るわけではないんです。ですからハローワークから企業に「精神の障害をお持ちの方ですが、雇ってくれませんか」と連絡を入れてもらいます。担当者は一所懸命調べて取り次いでくれますので、企業側も「じゃあ面接をしましょう」と。そうしてJSNの職員が一緒に面接に行って、「(患者さんは)真面目そうだし、じゃあ実習からやってみようか」となります。そうすればもう「やった!」です(笑)。

今でも、雇用先の社長さんがこっそり「先生、急に暴れたりしませんか?」と聞いてくることはあります。一般社会の精神障害者観は、まだ厳しいものが根強くありますね。私が診ている患者さんで、仕事中に暴れ出してクビになったような方は一人もいません。だいたいプレッシャーがかかって朝起きられなくなり、ずるずると職場に行けなくなって辞めてしまう場合がほとんどです。

でも一人でも患者さんの就労が上手くいった企業は、社長さんががらりと変わりますよ。もう一人雇おうかと言ってくれます。

伝えたいこと

これからも、支援事業所を増設していきたいと思っています。そして運営や支援方法の普遍性も示していきたい。私たちが実績を上げることによって「うちでもやりたい」と思ってくれる診療所が、全国にどんどん増えたら嬉しいですね。

かけがえのない人生を患者さんはどう生きたいと願っているのか、大事に受け止めてあげて欲しい。仕事を諦めていた患者さんの人生が変わるんですよ。そういう意味では、就労支援はとても面白いですから、若い先生はぜひ首を突っ込んでみてください(笑)。

雇用側の担当者も支えるつもりで

保坂 幸司

保坂 幸司

NPO法人「大阪精神障害者就労支援ネットワーク」理事、
「JSN茨木」所長

精神障害者といっても技術者や管理職としてバリバリに働いていた方もいますし、社会に出たことのない方から高学歴の方まで、実にさまざまです。それでも前職にとらわれず、職場環境を重視して就労したほうが上手くいくようです。いくら事務職を希望しても、同じことを聞いたら怒られたり、ミスをしたら陰でコソコソ言うような環境では継続就労が難しい。逆にミスを本人にきちんと教えてくれるなど雰囲気のよい会社、育てようとする会社ですと、通勤時間が長くても頑張る方は多いですね。

雇用する側も最初は負担感があると思うんです。社内で「障害者を担当しなさい」と言われたら、ただでさえ忙しいのにさらに仕事が増えて、評価されるかすらわからない等々……孤立感を感じてしまいます。ですから私たちは雇用側のキーパーソンも支える気持ちを忘れないようにしています。JSN職員が最初の2週間ほどは患者さんについていきます。そこで一緒に仕事をするなどして細かく指導します。その後も定期的に担当者にお会いして状況を伺います。担当者は病気のことを知らないと不安になりますから、正直に「患者さんの長所はこうで、弱点はこうです。これまでこういう訓練を行い、問題は起きていません。医師もついてバックアップしますから」とお伝えします。特に医師が後ろ盾になることはすごく安心感につながるようです。

職場の方は「病気って、こういうことなのか」と、わかる瞬間があるんですよ。ちょっとしたクセのようなものなんだなと。するとナチュラルにその方を受け入れられる。会社の雰囲気もさらによくなると聞きます。社長や上司に対する信頼感のようなものが、社員同士で強まるのだろうと思います。


障害者が働きやすい職場は、健常者も働きやすい

堀川 洋

堀川 洋

「JSN門真(かどま)」就労支援員

統合失調症の20代の方がいました。病名を知らせずに就職し、3か月は順調でした。でも病気を隠している状況に耐えられず、無断で家に帰ってしまったんです。クビになってしまいました。僕が何度も社長さんのところに足を運び、病気について説明しました。そうして病気をオープンにして再就職したのです。最初、社長さんは他の社員の反応を気にされていましたが、仕事のマニュアルを社員さんたちで作ってくれるなど、温かく迎えてくれました。障害者が働きやすい環境は、健常者も働きやすい職場だと思います。

「JSN門真(かどま)」スタッフルーム

患者さんは働き始めると、すごく元気な表情になるんですよ。その笑顔を見ると、この仕事をやっていて本当によかったと思います。



『Consonance~統合失調症治療を考える~』2009 SUMMER(通巻第31号)
(ライフサイエンス出版(株) 2009年8月25日発行)より

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