伊藤とし子のひとりごと

佐倉市議会議員2期目
議会活動、さくら・市民ネットワークの活動あれこれ、お知らせします

7/1 市民ネットワーク千葉県 集団的自衛権閣議決定に抗議するための声明文を出しました

2014-07-02 20:08:16 | 憲法
戦争放棄を明文化した日本国憲法第9条。
これがあるからこそ、自衛隊員は武器を持って人を殺すことなく戦後70年きた。
ベトナムでも、アフガニスタンでも、イラクでも。
しかし、昨日の閣議決定により自衛隊員は武器を持って他国に出向き人殺しすることが容認されることになった訳だ。

2012年衆議院選挙、昨年の参議院選挙で自民党に投票した人のどれだけが、この状況を理解していただろうか。
それよりも、2012年衆議院選挙で自民党を支持した割合は26%、昨年の参議院選では22%。
たったこれだけの支持率でも衆議員の過半数を取ってしまったところに問題がある。

しかも、正々堂々と憲法改正の国民投票を行った上での改憲ではなく、一内閣の閣議決定で勝手に解釈改憲などとおこがましい。
これは国民に対するクーデターだ。

主権在民ですよ。
まだ自民党の改正憲法草案を国民は認めていないのですから。

これから自衛隊法、PKO協力法など関連法案を改正しなければ、自衛隊の武器を持っての海外派遣は出来ない。
それを大っぴらに出してくるのが4月の統一地方選挙後だろうと言われている。
まずは沖縄知事選から。
抗議のNOを突き付けよう。
あきらめてはダメだ。

市民ネットワーク千葉県では、昨日の閣議決定に抗議するための声明を出した。

下記の通り。

*****************************************

  「集団的自衛権の行使を容認する」閣議決定に対する声明


 政府・与党は 7 月 1 日の臨時閣議で「集団的自衛権の行使を容認する」決定を行いました。

多くの学者・専門家からの批判が相次ぐだけでなく、各種世論調査で明らかなように、国民の過半を超える反対の声が挙がる中での今回の閣議決定の強行に、強く抗議します。

日本国憲法の根幹である「平和主義」は、アジア・太平洋戦争に対する深い反省に基づき戦後のわが国の歩みと日本社会のあり方を政治的にも精神的にも支え続けてきたものです。

それを「安全保障環境の変化」の名目で根本からその内実を変えようというのであれば主権者である私たち国民の間での議論に付託し、十分な熟議を尽くすべきです。

最終的には憲法改正国民投票により決するべきものであることは明らかです。

現実性のない「事例」を並べ、過去の判例や政府見解を強引にねじ曲げる議論はあまりにも拙速です。

さらに、与党協議のみ、しかも閣議決定で済ませようとする姿勢は、「憲法は、主権者である国民が政府の権限を制限するためにこそある」という「近代立憲主義」を破壊する暴挙です。

この閣議決定によれば、「集団的自衛権の行使容認」は、日米同盟のもとでの自衛隊の海外での武力行使を可能にするだけではなく、当初は安倍首相自身が否定していたはずの「集団的安全保障」の枠内での武力行使をも可能にすることになります。

そして新たに規定された武力行使の「3要件」に該当するかどうかは、すべて時の政府の判断に任され、定足数の過半数の決議で国会承認となります。

武力行使の範囲は、地理的にも歯止めが完全に外されています。

日本国憲法には「武力によらない平和」を目指すことが明言されています。

しかし今回の「解釈変更」は「武力による平和」へと転換するものです。

これにより、東アジア全域の安全保障環境がさらに不安定なものになることは目に見えています。

安倍首相の一連の言動により悪化の一途をたどる日中、日韓の外交関係もさらに悪化することは明らかです。

私たちは、日本国憲法前文に謳われている「平和的生存・共存」がわが国のみならず全世界で実現することを心から希求します。

「安全保障環境が変化」しているならば、それを「武力によらず」解決する努力をすることこそが、平和憲法を有するわが国の第一義の責務であるはずです。

この本義を外れ、「国家安全保障会議設置」「特定秘密保護法制定」に続き、軍事大国への道を強引に進もうとする安倍政権の姿勢を、私たちは断じて認めることができません。

国民不在の閣議決定に強く抗議するとともに、安倍首相に対し、過半数の国民が支持する日本国憲法の理念に従い、平和的な外交努力に専念することを強く要望します。

  2014 年 7 月 1 日

 市民ネットワーク千葉県 共同代表 山本友子 伊藤壽子 まきけいこ




トラックバック (0) | 

7月1日は史上最悪の日。立憲主義がないがしろにされた日

2014-07-01 23:05:11 | 憲法
今日、2014年7月1日は歴史上汚点を残した日となるだろう。
一内閣に過ぎない安倍内閣が、閣議決定という暴挙で立憲主義をないがしろにした日だからである。

 戦後70年、敗戦により焼け野原になった日本を平和国家にするため、陸軍の暴挙により戦争を起こした過ちを二度と起こさないために発布された日本国憲法。
日本国憲法には「個人の自由・権利を守るために憲法で権力者を拘束する」立憲主義が明確に打ち出されている。

日本国憲法第九十九条[1] 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 昨日、集団的自衛権の本日の閣議決定を見越して、千葉県内「自治体議員立憲ネットワーク」として抗議声明を行い、記者会見を行った。
また、全国各地の自治体立憲ネットワークでも抗議声明が出された。

今日の東京新聞には大きく報道されていた。****************

http://www.tokyo-np.co.jp/article/chiba/20140701/CK2014070102000137.html ↓

 安倍政権が集団的自衛権の行使を認める憲法解釈変更の閣議決定に踏み切ろうとする中、解釈改憲に反対する地方議員でつくる「自治体議員立憲ネットワーク」の県内メンバーが三十日、緊急の抗議声明を発表した。
「行使容認を一内閣の一存で決めてしまうことは憲法の否定であり、立憲主義と民主主義の破壊」と、安倍政権を強く批判し、閣議決定しないよう要求。
声明は同日、首相官邸に送られた。 (村上一樹、小沢伸介、北浜修)

 立憲ネットは六月十五日に設立され、全国に約二百五十人、県内からは県議や市議ら二十三人が参加。
三十日の記者会見には県議四人、市議五人の計九人が臨んだ。
 山本友子県議(65)は「この問題は、まだ選挙権を持っていない世代、これから生まれる世代に波及する。子どもたちの命が脅かされる」と強調。
「世界から戦争をしない国として厚い信頼を得てきた日本が敵視されてしまう」と、危機感あらわに訴えた。

 大野博美・佐倉市議(65)は六月に都内で開かれた設立集会で司会を務めた。
「立憲ネットの参加者には、集団的自衛権は一部認めても良いのではという考えを持つ保守系の議員もいる」と説明。
 一方、そうした行使容認派も「解釈改憲による立憲主義の破壊は許さない立場だ」と指摘。
「国会の審議も経ず、一内閣だけで決めてしまうのは、議員の存在そのものを脅かす」と訴えた。

 桜田秀雄・八街市議(67)は本紙の取材に、「自民党内に歯止めをかける人がなく、野党もだらしない」と、国政の問題点を指摘。
「日本の国民性から愛国心をあおられると、あっという間に戦争に突っ走ることになる」と危惧した。
 地方議会の役割として「意見書を可決する方法があるが、会派の縛りからなかなかついて来ない。
結局、八街でも否決され、役割を果たせなかった」と無念そうに話した。

 田中紀子・木更津市議(55)も取材に「安倍政権は行使は最小限にとどめると説明するが、政府が情報を出さなければ国民には分からない。
さらに特定秘密保護法の下では、国民は確認もチェックもできない」と懸念を表明。
「秘密保護法に集団的自衛権の行使容認と、戦争のできる国の土台をつくっている」と政権の姿勢を批判した。
 議員らは今後も、参加者や市民サポーターを増やし、集会や街頭活動で行使容認反対を訴えていく。



抗議声明文は以下の通り↓*****************************

安倍内閣の集団的自衛権行使容認の閣議決定に反対する声明文

 戦争への道を踏み出す集団的自衛権を容認し、戦争のできる国づくりへと暴走する安倍政権、暴走に対する歯止めの役割をいまや放棄しようとしている公明党。
明日、7月1日、自公政権により集団的自衛権が閣議決定されようとしている。
この緊急かつ危険な状況にあって、私たち自治体議員立憲ネットワークは予定されている閣議決定を前にし、集団的自衛権の行使に強く反対することを表明し、抗議する。

 自治体議員立憲ネットワークは2014年6月15日「立憲主義に立ち、平和主義、基本的人権、地方自治に基づく日本国憲法が活かされる社会の実現をめさす」ことを目的として設立された。
 集団的自衛権の行使容認は、日本が他国の戦争に参加すること、戦地に自衛隊を派兵することであり、憲法の平和主義を根幹から覆す一大事である。このような重大事を、国会の審議も経ず、国民に広く意見を求めることも一切なく、一内閣の一存で決めてしまうことは、憲法の否定であり、立憲主義と民主主義の破壊である。

 従来自民党政府は、1972年政府見解で個別的自衛権を抑制し、集団的自衛権を違憲としてきた。
安倍内閣はこの憲法解釈をあっさり投げ捨てるだけでなく、当初は安倍首相自身が否定していたはずの「集団的安全保障」の枠内での武力行使にも踏み込むと報道されている。
さらに、新たに規定された武力行使の「3要件」に該当するかどうかは、すべて時の政府の判断に任され、定足数の過半数の決議で国会承認となるなど、武力行使の歯止めが完全にはずされてしまう事態である。
 現在、安倍政権が目指す集団的自衛権行使容認の閣議決定に対し、地方から異論の声が急速に広がり、6月28日現在192の地方議会から、反対や慎重な対応を求める意見書が可決されている。
自民党会派も多く賛同しており、安倍内閣は地方の声に真摯に耳を傾けるべきである。

 私たちは、あくまでも「武力に頼らない外交努力」で紛争を回避し、世界の恒久平和の実現のために汗を流すことこそが日本の責務であると考え、集団的自衛権行使容認を閣議決定しないよう、安倍内閣に対し強く求めるものである。
                
 2014年6月30日
                 自治体議員立憲ネットワーク・千葉県






トラックバック (0) | 

明日12/1(日)DVD「9条を抱きしめて」@志津コミセン上映会

2013-11-30 08:35:19 | 憲法
さくら・市民ネットワークの学習会です。
DVD「9条を抱きしめて」の上映会をします。
元米海兵隊員アレン・ネルソンさんが語る戦争の実態です。

12月1日(日)10時30分〜 〔上映時間50分)
志津コミュニティセンター第2会議室にて
参加費無料

特定秘密保護法が衆議院を中身の審議もなしに通過。
参議院に回されています。

九条改憲に向け実質外堀を埋められていく現状。
この恐ろしさをみんな実感しているのだろうか?

戦争になったら、戦う道具として戦場に送り込まれる兵士たち。
アレン・ネルソンさんはベトナム戦争で海兵隊員として、切り込み部隊としてべトナムの非戦闘員をベトコンとして殺戮しました。
殺さなかったら殺される、戦争とは一瞬の判断のミスで命を失うからです。

そして、味方である米軍によって上空から大量に降りまかれた枯葉剤によって被害を受け、
その後は体調不良に苦しみ、61歳で多発性骨髄腫で亡くなりました。

「日本は九条があるから自衛隊は戦場にって、武器をもって人殺しをせずにすんでいる。

憲法九条をすべての国が持ったら、世界中から戦いはなくなる。
九条は宝です。」

彼が遺したメッセージをDVDで鑑賞しませんか。

    ↓

DVD「九条を抱きしめて」  
トラックバック (0) | 

「幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について」憲法調査会事務局

2013-07-21 10:55:12 | 憲法
昨日に引き続き、憲法9条について。

田中優さんのブログに、
幣原喜重郎元内閣総理大臣(敗戦直後)が日本国憲法の特に第9条の誕生に大きな役割を果たしたことが書かれていた。
憲法9条の誕生に至る経緯、天皇制の存続にどのような役割を果たしたのか、を知る上にも重要な資料だ。


*******************************


(この資料は国会図書館内にある憲法調査会資料(西沢哲四郎旧蔵)と題されたものを私(今川)が川西市立図書館を通じて国会図書館にコピーを依頼して手に入れ、さらにそのコピーをワードに移し替えたものである。
原文は縦書きであるが、ホームページビルダーの性質上、横書きで書いている)

昭和三十九年二月

幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について     

ー 平 野 三 郎 氏 記―                    

憲法調査会事務局           

は し が き

この資料は、元衆議院議員平野三郎氏が、故幣原喜重郎氏から聴取した、戦争放棄条項等の生まれた事情を記したものを、当調査会事務局において印刷に付したものである。

 なお、この資料は、第一部・第二部に分かれているが、第一部・第二部それぞれの性格については、平野氏の付されたまえがきを参照されたい。

  昭和三十九年二月

          憲法調査会事務局

第一部

私が幣原先生から憲法についてのお話を伺ったのは、昭和二十六年二月下旬のことである。
同年三月十日、先生が急逝される旬日ほど前のことであった。
場所は世田谷区岡本町の幣原邸であり、時間は二時間ぐらいであった。
 側近にあった私は、常に謦咳にふれる機会はあったが、まとまったお話を承ったのは当日だけであり、当日は、私が戦争放棄条項や天皇の地位について日頃疑問に思っていた点を中心にお尋ねし、これについて幣原先生にお答え願ったのである。
その内容については、その後まもなくメモを作成したのであるが、以下はそのメモのうち、これらの条項の生まれた事情に関する部分を整理したものである。
 なお、当日の幣原先生のお話の内容については、このメモにもあるように口外しないようにいわれたのであるが、昨今の憲法制定の経緯に関する論議の状況にかんがみてあえて公にすることにしたのである。

問 かねがね先生にお尋ねしたいと思っていましたが、幸い今日はお閑のようですから是非うけたまわりたいと存じます。
実は憲法のことですが、私には第九条の意味がよく分りません。
 あれは現在占領下の暫定的な規定ですか、それなら了解できますが、そうすると何れ独立の暁には当然憲法の再改正をすることになる訳ですか。 

答 いや、そうではない。
あれは一時的なものではなく、長い間僕が考えた末の最終的な結論というようなものだ。

問 そうしますと一体どういうことになるのですか。
軍隊のない丸裸のところへ敵が攻めてきたら、どうする訳なのですか。

答 それは死中に活だよ。一口に言えばそういうことになる。

問 死中に活といいますと・・・・・。

答 たしかに今までの常識ではこれはおかしいことだ。
しかし原子爆弾というものができた以上、世界の事情は根本的に変わって終ったと僕は思う。
何故ならこの兵器は今後更に幾十倍 幾百倍と発達するだろうからだ。
恐らく次の戦争は短時間のうちに交戦国の大小都市が悉く灰燼に帰して終うことになるだろう。
そうなれば世界は真剣に戦争をやめることを考えなければならない。
そして戦争をやめるには武器を持たないことが一番の保証になる。

問 しかし日本だけがやめても仕様がないのではありませんか。

問 そうだ。世界中がやめなければ,ほんとうの平和は実現できない。
しかし実際問題として世界中が武器を持たないという真空状態を考えることはできない。
 それについては僕の考えを少し話さなければならないが、僕は世界は結局一つにならなければならないと思う。
つまり世界政府だ。
世界政府と言っても、凡ての国がその主権を捨てて一つの政府の傘下に集まるというようなことは空想だろう。
だが何らかの形における世界の連合方式というものが絶対に必要になる。
何故なら、世界政府とまでは行かなくとも、少  なくも各国の交戦権を制限し得る集中した武力がなければ世界の平和は保たれないからである。
凡そ人間と人間、国家と国家の間の紛争は最後は腕づくで解決する外はないのだから、どうしても武力は必要である。
しかしその武力は一個に統一されなければならない。
二個以上の武力が存在し、その間に争いが発生する場合、一応は平和的交渉が行われるが、交渉の背後に武力が控えている以上、結局は武力が行使されるか、少なくとも武力が威嚇手段として行使される。
したがって勝利を得んがためには、武力を強化しなければならなくなり、かくて二個以上の武力間には無限の軍拡競争が展開され遂に武力衝突を引き起こす。
すなわち戦争をなくするための基本的条件は武力の統一であって、例えばある協定の下で軍縮が達成され、その協定を有効ならしむるために必要な国々か進んで且つ誠意をもってそれに参加している状態、この条件の下で各国の軍備が国内治安を保つに必要な警察力の程度にまで縮小され、国際的に管理された武力が存在し、それに反対して結束するかもしれない如何なる武力の組み合わせよりも強力である、というような世界である。
 そういう世界は歴史上存在している。
ローマ帝国などがそうであったが、何より記録的な世界政府を作ったものは日本である。
徳川家康が開いた三百年の単一政府がそれである。
この例は世界を維持する唯一の手段が武力の統一であることを示している。
 要するに世界平和を可能にする姿は、何らかの国際機関がやがて世界同盟とでも言うべきものに発展しその同盟が国際的に統一された武力を所有して世界警察としての行為を行うほかはない。
このことは理論的に昔から分かっていたことであるが、今まではやれなかった。
しかし原子爆弾というものが出現した以上、いよいよこの理論を現実に移す秋が来たと僕は信じた訳だ。

問 それは誠に結構な理想ですが、そのような大問題は大国同志が国際的に話し合って決めることで、日本のような敗戦国がそんな偉そうなことを言ってみたところでどうにもならぬのではないですか。

答 そこだよ、君。
負けた国が負けたからそういうことを言うと人は言うだろう。
君の言うとおり正にそうだ。
しかし負けた日本だからこそできることなのだ。
おそらく世界には大戦争はもうあるまい。
もちろん、戦争の危機は今後むしろ増大すると思われるが、原子爆弾という異常に発達した武器が、戦争そのものを抑制するからである。
第二次世界大戦が人類が全滅を避けて戦うことのできた最後の機会になると僕は思う。
如何に各国がその権利の発展を理想として叫び合ったところで、第三次世界大戦が相互の破滅を意味するならば、いかなる理想も人類の生存には優先しないことを各国とも理解するからである。
 したがって各国はそれぞれ世界同盟の中へ溶け込む外はないが、そこで問題はどのような方法と時間を通じて世界がその死顎の理想に到達するかということにある。
人類は有史以来最大の危機を通過する訳だがその間どんなことが起こるか、それはほとんど予想できない難しい問題だが、唯一つ断言できることは、その成否は一に軍縮にかかっているということだ。
もしも有効な軍縮協定ができなければ戦争は必然に起こるだろう。
既に言った通り、軍拡競争というものは際限のない悪循環を繰り返すからだ。
常に相手より少しでも優越した状態に己を位置しない限り安心できない。
この心理は果てしなく拡がって行き何時かは破綻が起る。
すなわち協定なき世界は静かな戦争という状態であり、それは嵐の前の静けさでしかなく、その静けさがどれだけ持ちこたえるかは結局時間の問題に過ぎないという恐るべき不安状態の連続になるのである。 
 そこで軍縮は可能か、どのようにして軍縮をするかということだが、僕は軍縮を身をもって体験してきた。
世の中に軍縮ほど難しいものはない。
交渉に当たるものに与えられる任務は如何にして相手を欺瞞するかにある。
国家というものは極端なエゴイストであって、そのエゴイズムが最も狡猾で悪らつな狐狸となることを交渉者に要求する。
虚虚実実千変万化、軍縮会議に展開される交渉の舞台裏を覗きみるなら、何人も戦慄を禁じ得ないだろう。
軍縮交渉とは形を変えた戦争である。
平和の名をもってする別個の戦争であって、円滑な合意に達する可能性など初めからないものなのだ。 
 原子爆弾が登場した以上、次の戦争が何を意味するか、各国とも分るから、軍縮交渉は行われるだろう。
むしろ軍縮交渉は合法的スパイ活動の場面として利用される程である。
不振と猜疑が亡くならない限りそれは止むを得ないことであって、連鎖反応は連鎖反応を生み、原子爆弾は世界中に拡がり、終りには大変なことになり、遂には身動きもできないような瀬戸際に追いつめられるだろう。 そのような瀬戸際に追いつめれても各国はなお異口同音に言うだろう。
軍拡競争は一刻も早く止めなければならぬ。
それは分っている。
分ってはいるがどうしたらいいのだ。
自衛のためには力が必要だ。
相手がやることは自分もやらねばならぬ。
相手が持っているものは自分も持たねばならぬ。
その結果がどうなるか、そんなことは分らない。
自分だけではない。
誰にも分らないことである。
とにかく自分は自分の言うべきことを言っているより仕方はないのだ。
責任は自分にはない。
どんなことが起ろうと、責任は凡て相手方にあるのだ。 
 果てしない堂々巡りである。
誰にも手のつけられないどうしようもないことである。
集団自殺の先陣争いと知りつつも、一歩でも前へ出ずにはいられない鼠の大群と似た光景―それが軍拡競争の果ての姿であろう。
 要するに軍縮は不可能である。
絶望とはこのことであろう。
唯もし軍縮を可能にする方法があるとすれば一つだけ方法がある。
それは世界が一せいに一切の軍備を廃止することである

 一、二、三の掛け声もろともすべての国が兵器を海に投ずるならば、忽ち軍縮は完成するだろう。
もちろん不可能である。
それが不可能なら不可能なのだ。
ここまで考えを進めてきたときに、九条というものが思い浮かんだのである。
そうだ。誰かが自発的に武器を捨てるとしたらー
 
 最初それは脳裏をかすめたひらめきのようなものだった。
次の瞬間、直ぐ僕は思い直した。
自分は何を考えようとしているのだ。
相手はピストルをもっている。
その前にはだかのからだをさらそうと言う。
なんという馬鹿げたことだ。
恐ろしいことだ。
自分はどうかしたのではないか。
もしこんなことを人前で言ったら、幣原は気が狂ったと言われるだろう。
まさに狂気の沙汰である。
    
 しかしそのひらめきは僕の頭の中でとまらなかった。
どう考えてみても、これは誰かがやらなければならないことである。
恐らくあのとき僕を決心させたものは僕の一生のさまざまな体験ではなかったかと思う。
何のために戦争に反対し、何のために命を賭けて平和を守ろうとしてきたのか。
今だ。今こそ平和だ。
今こそ平和のために起つ秋ではないか。
そのために生きてきたのではなかったか。
そして僕は平和の鍵を握っていたのだ。
何か僕は天命をさずかったような気がしていた。
 
 非武装宣言ということは、従来の観念からすれば全く狂気の沙汰である。
だが今では正気の沙汰とは何かということである。
武装宣言が正気の沙汰か、それこそ狂気の沙汰だという結論は、考えに考え抜いた結果もう出ている。

 要するに世界は今一人の狂人を必要としているということである。
何人かが自ら買って出て狂人とならない限り、世界は軍拡競争の蟻地獄から抜け出すことができないのである。
これは素晴らしい狂人である。
世界史の扉を開く狂人である。
その歴史的使命を日本が果たすのだ。

 日本民族は幾世紀もの間、戦争に勝ち続け、最も戦闘的に戦いを追求する神の民族と信じてきた。
神の信条は武力である。
その神は今や一挙に下界に墜落した訳だが、僕は第九条によって日本民族は依然として神の民族だと思う。
何故なら武力は神でなくなったからである。
神でないばかりか、原子爆弾という武力は悪魔である。
日本人はその悪魔を投げ捨てることによって再び神の民族になるのだ。
すなわち日本はこの神の声を世界に宣言するのだ。
それが歴史の大道である。
悠々とこの大道を行けばよい。
死中に活というのはその意味である。

問 お話の通りやがて世界はそうなると思いますが、それは遠い将来のことでしょう。
しかしその日が来るまではどうする訳ですか。
目下のところは差当りは問題ないとしても、他日独立した場合、敵が口実をつけて侵略したらです。

答 その場合でもこの精神を貫くべきだと僕は信じている。
そうでなければ今までの戦争の歴史を繰り返すだけである。
しかも次の戦争は今までとはわけが違う。
僕は第九条を堅持することが日本の安全のためにも必要だと思う
もちろん軍隊をもたないと言っても警察は別である。
警察のない社会は考えられない。
とくに世界の一員として将来世界警察への分担負担は当然負わなければならない。
しかし強大な武力と対抗する陸海空軍というものは有害無益だ。
僕は我国の自衛は徹頭徹尾正義の力でなければならないと思う。
その正義とは日本だけの主観的な独断ではなく、世界の公平な与論によって裏付けされたものでなければならない。
そうした与論が国際的に形成されるように必ずなるだろう。
何故なら世界の秩序を維持する必要があるからである。
もしある国が日本を侵略しようとする そのことが世界の秩序を破壊する恐れがあるとすれば、それによって脅威を受ける第三国は黙っていない。
その第三国との特定の保護条約生むにかかわらず、その第三国は当然日本の安全のために必要な努力をするだろう。
要するにこれからは世界的視野に立った外交の力によってわが国の安全を守るべきで、だからこそ死中に活があるという訳だ。

問 よく分りました。
そうしますと憲法は先生の独自の御判断で出来たものですか。
一般に信じられているところは、マッカーサー元帥の命令の結果ということになっています。
もっとも草案は勧告という形で日本に提示された訳ですが、あの勧告に従わなければ天皇の身体も保証できないという恫喝があったのですから事実上命令に外ならなかったと思いますが。

答 そのことは此処だけの話にしておいて貰わねばならないが、実はあの年(昭和二十年)の春から正月にかけ僕は風邪をひいて寝込んだ。
僕が決心をしたのはその時である。
それに僕には天皇制を維持するという重大な使命があった。
元来、第九条のようなことを日本側から言い出すようなことは出来るものではない。
まして天皇の問題に至っては尚更である。
この二つに密接にからみ合っていた。
実に重大な段階であった。               
 幸いマッカーサーは天皇制を維持する気持ちをもっていた。
本国からもその線の命令があり、アメリカの肚は決まっていた。
所がアメリカにとって厄介な問題があった。
それは豪州やニュージーランドなどが、天皇の問題に関してはソ連に同調する気配を示したことである。
これらの国々は日本を極度に恐れていた。
日本が再軍備したら大変である。
戦争中の日本軍の行動はあまりにも彼らの心胆を寒からしめたから無理もないことであった。
日本人は天皇のためなら平気で死んでいく。
殊に彼らに与えていた印象は、天皇と戦争の不可分とも言うべき関係であった。
これらの国々はソ連への同調によって、対日理事会の評決ではアメリカは孤立する恐れがあった。
この情勢の中で、天皇の人間化と戦争放棄を同時に提案することを僕は考えた訳である。

 豪州その他の国々は日本の再軍備化を恐れるのであって、天皇制そのものを問題にしている訳ではない。
故に戦争が放棄された上で、単に名目的に天皇が存続するだけなら、戦争の権化としての天皇は消滅するから、彼らの対象とする天皇制は廃止されたと同然である。
もともとアメリカ側である豪州その他の諸国は、この案ならばアメリカと歩調を揃え、逆にソ連を孤立させることができる。

 この構想は天皇制を存続すると共に第九条を実現する言わば一石二鳥の名案である。
もっとも天皇制存続と言ってもシムボルということになった訳だが、僕はもともと天皇はそうあるべきものと思っていた。
元来天皇は権力の座になかったのであり、またなかったからこそ続いていたのだ。
もし天皇が権力をもったら、何かの失政があった場合、当然責任問題が起って倒れる。
世襲制度である以上、常に偉人ばかりとは限らない。
日の丸は日本の象徴であるが、天皇は日の丸の旗を維持する神主のようなものであって、むしろそれが天皇
本来の昔に戻ったものであり、その方が天皇のためにも日本のためにも良いと僕は思う。 
         
 この考えは僕だけではなかったが、国体に触れることだから、仮にも日本側からこんなことを口にすることは出来なかった。
憲法は押しつけられたという形をとった訳であるが、当時の実情としてそういう形でなかったら実際に出来ることではなかった。

 そこで僕はマッカーサーに進言し、命令として出してもらうように決心したのだが、これは実に重大なことであって、一歩誤れば首相自らが国体と祖国の命運を売り渡す国賊行為の汚名を覚悟しなければならぬ。
松本君にさえも打ち明けることのできないことである。
幸い僕の風邪は肺炎ということで元帥からペニシリンというアメリカの新薬を貰いそれによって全快した。
そのお礼ということで僕が元帥を訪問したのである。
それは昭和二一年の一月二四日である。
その日僕は元帥と二人きりで長い時間話し込んだ。
すべてはそこで決まった訳だ。

問 元帥は簡単に承知されたのですか。

答 マッカーサーは非常に困った立場にいたが、僕の案は元帥の立場を打開するものだから、渡りに舟というか、話はうまく行った訳だ。
しかし第九条の永久的な規定ということには彼も驚いていたようであった。
僕としても軍人である彼が直ぐには賛成しまいと思ったので、その意味のことを初めに言ったが、賢明な元帥は最後には非常に理解して感激した面持ちで僕に握手した程であった。
     
 元帥が躊躇した大きな理由は、アメリカの侵略に対する将来の考慮と、共産主義者に対する影響の二点であった。
それについて僕は言った。 
     
 日米親善は必ずしも軍事一体化ではない。
日本がアメリカの尖兵となることが果たしてアメリカのためであろうか。
原子爆弾はやがて他国にも波及するだろう。
次の戦争は想像に絶する。
世界は亡びるかも知れない。
世界が亡びればアメリカも亡びる。
問題は今やアメリカでもロシアでも日本でもない。
問題は世界である。
いかにして世界の運命を切り拓くかである。
日本がアメリカと全く同じものになったら誰が世界の運命を切り拓くかである。
日本がアメリカと全く同じものになったらだれが世界の運命を切り拓くか。

 好むと好まざるにかかわらず、世界は一つの世界に向って進む外はない。
来るべき戦争の終着駅は破滅的悲劇でしかないからである。
その悲劇を救う唯一の手段は軍縮であるが、ほとんど不可能とも言うべき軍縮を可能にする突破口は自発的戦争放棄国の出現を期待する以外にないであろう。
同時にそのような戦争放棄国の出現もまた空想に近いが、幸か不幸か、日本は今その役割を果たしうる位置にある。
歴史の偶然は日本に世界史的任務を受けもつ機会を与えたのである。
貴下さえ賛成するなら、現段階における日本の戦争放棄は対外的にも対内的にも承認される可能性がある。
歴史の偶然を今こそ利用する秋である。
そして日本をして自主的に行動させることが世界を救い、したがってアメリカをも救う唯一つの道ではないか。
     
 また日本の戦争放棄が共産主義者に有利な口実を与えるという危険は実際ありうる。
しかしより大きな危険から遠ざかる方が大切であろう。
世界はここ当分資本主義と共産主義の宿敵の対決を続けるだろうが、イデオロギーは絶対的に不動のものではない。
それを不動のものと考えることが世界を混乱させるのである。
未来を約束するものは、たえず新しい思想に向って創造発展していく道だけである。
共産主義者は今のところはまだマルクスとレーニンの主義を絶対的真理であるかのごとく考えているが、そのような論理や予言はやがて歴史のかなたに埋没してしまうだろう。
現にアメリカの資本主義が共産主義者の理論的攻撃にもかかわらずいささかの動揺も示さないのは、資本主義がそうした理論に先行して自らを創造発展せしめたからである。
それと同様に共産主義のイデオロギーもいずれ全く変貌してしまうだろう。
いずれにせよ、ほんとうの敵はロシアでも共産主義でもない。
   
 このことはやがてロシア人も気付くだろう。
彼らの敵もアメリカでもなく資本主義でもないのである。
世界の共通の敵は戦争それ自体である。

問 天皇陛下はどのように考えておかれるのですか。

答 僕は天皇陛下は実に偉い人だと今もしみじみと思っている。
マッカーサーの草案をもって天皇の御意見を伺いに行った時、実は陛下に反対されたらどうしようかと内心不安でならなかった。
僕は元帥と会うときはいつも二人きりだったが、陛下の時は吉田君にも立ち会ってもらった。
しかし心配は無用だった。
陛下は言下に、徹底した改革案を作れ、その結果天皇がどうなってもかまわぬ、といわれた。
この英断で閣議も納まった。
終戦の御前会議の時も陛下の御裁断で日本は救われたと言えるが、憲法も陛下の一言が決したと言ってもよいだろう。
もしあのとき天皇が権力に固執されたらどうなっていたか。
恐らく今日天皇はなかったであろう。
日本人の常識として天皇が戦争犯罪人になるというようなことは考えられないであろうが、実際はそんな甘いものではなかった。
当初の戦犯リストには冒頭に天皇の名があったのである。
それを外してくれたのは元帥であった。
だが元帥の草案に天皇が反対されたなら、情勢は一変していたに違いない。
天皇は己を捨てて国民を救おうとさらのであったが、それによって天皇制をも救われたのである。
天皇は誠に英明であった。
     
 正直に言って憲法は天皇と元帥の聡明と勇断によって出来たと言ってよい。
たとえ象徴とは言え,天皇と元帥が一致しなかったら天皇制は存続しなかったろう。
危機一髪であったと言えるが、結果において僕は満足している。
     
 なお念のためだが、君も知っている通り、去年金森君から聞かれた時も僕が断ったように、このいきさつは僕の胸の中だけに留めておかねばならないことだから、その積りでいてくれ給え。

  
                 その後の憲法第九条に戻る








トラックバック (0) | 

田中優さん「憲法の大切さを思う」メルマガより

2013-07-20 20:41:28 | 憲法
田中優さんのメルマガ「憲法の大切さを思う」 から

日本の憲法、とりわけ9条は「理想主義だ、非現実的だ」という意見が よく言われる。
しかし憲法は「今」の時代だけのものじゃない。
 将来、可能な限り永劫に使いたい理想像なのだ。

 私たちが可能な限り戦争をしない、なくしたいと思うのは当然ではないか。
とりわけ多くの身近な人を犠牲にした焼け野原の戦後に立てば。

 今回取り上げた幣原喜重郎氏に対する聞き取りは、そのことを強く感じさせるものだった。
現実だけで憲法を作ったら、「金儲けの自由」や「倫理のない職業 選択の自由」などばかりになるだろう。

 理想を持たない憲法は「憲法」の名に値しないものだと思う。

……………………

以下、4/30発行の有料メルマガより抜粋

『 憲法の大切さを思う 』

▼ 言いたくない護憲

 今日は憲法記念日。
しかし今年はいつもと違って、憲法を壊そうとする人たちの気配が濃厚にある。
ぼく自身は環境活動家で、特に「憲法を守れ」という言葉を声高に言ったことはない。
しかしぼくは今の憲法を貴重なものだと思っている。

 なぜ声高に主張しないかと言えば、ひとつは環境の活動をするのに思想統制されるべきでないと思うからだ。
どんな考え方でもいい。活動するときに、その思想によって区別されたのでは、無意味に運動を狭めることになるからだ。

 「私は納豆にネギを入れるのには反対です」という意見と合わないから、だから一緒にやれないというのでは永遠に小さな枠の運動から出られなくなる。
 しかし一方で、大事なポイントで異なってしまった場合には一緒にできなくなることもある。
でも可能な限り、違いは違いとして一緒にやれるだけの許容性は持ち たいと思うし、厄介さを回避したいからだ。

 もうひとつ声高に言わない理由は、「左翼」という狭い枠に閉じ込められるのが嫌だからだ。
以前に雑誌で対談をしたときに、ある人から「田中さんはマルクス主義者ですね」と言われた。
ぼくが答えたのは、

「ぼくはぼく以外の人の考えを信じなければならないほどバカではありません。
 この肩の上に乗っている頭があるのですから、自分で考えて答えを出します」

 というものだった。
 ぼくはぼく自身で考えて判断する。
そのための努力は欠かさない。
 それを「マルクスはこう言った!」の一言で結論付けるような、愚かしい判断ができるはずがないからだ。 (中略)

▼ 憲法に守られてきた実感

 ぼく自身の大学での専門は法律だった。
だからずいぶん学んできた。
そして公務員になったとき、宣誓書を書かされた。
そこにはこんなことが書いてあった。
「日本国憲法を尊重することを誓う」というものだ。
ぼくは喜んでそこに署名した。
なぜならこの憲法には思想信条の自由や平和主義があり、それに反することを仕事として押し付けられたとしても、それを拒む権利があるからだ。

 だから公務員になったとしても、「勝手な解釈による不正な強制」は拒むことができる。
公務員の世界にもたくさんのおかしなことがある。
しかしそれを拒む権利がこの宣誓によって与えられるのだ。

 そしてその通り、違法な命令に対しては拒み続けた。
住民のためにならない命令には抗議を続け、理不尽な強制に対しては拒否し続けた。(中略)

 そのときぼくの後ろ盾になったのは、この憲法99条だった。
ぼくは上司たちから雇われているのではない。
サラリーは地域の住民の方々からいただいているし、仕事は憲法に則ってしているのだから。

▼ 戦争は容認しない

  しかしその憲法が変えられてしまったらどうなるのか。
 たとえば「戦争の放棄」がなくなってしまえば、軍隊による圧力が役所にかかってきたとしても拒否できなくなる。
「思想信条の自由」がなくなってしまえば、当局からの強制に対して拒否ができなくなる。

 ぼくが住民の利益を考えて拒否してきたことが、拒否できなくなってしまう。
もともと役所の中で上司からの命令を拒否しようとする人は少ないから、あまり変わらないのかもしれないが、それでも拒否できる後ろ盾を失うのは大変なことなのだ。
中でも憲法9条は、安心できる社会の基盤だった。

(中略)

 その外交能力が史上最低レベルまで下がってしまった日本が、憲法9条をなくしてしまったとしよう。
どう見えるかは明らかではないか。
あの自分勝手で野蛮なことばかり言う政府が軍事に道を開いたのだ。
戦争になる準備をしなければならないだろう。
戦後に抑えてきた軍拡の猜疑心に道を開くのだ。


 しかし改憲論者は言う。
「これは戦後の占領軍によって押しつけられた憲法であって、自ら自主的に制定したものではない」と。
しかしそれにしては日本人の心情によくフィットする。
そのことが不思議だった。

 しかし今回、以下の記録を読んでやっと理解した。
この条文を入れたのは幣原 喜重郎(しではら きじゅうろう)だったのだ。
 http://kenpou2010.web.fc2.com/15-1.hiranobunnsyo.html

(中略)

▼ あまりに日本的な

 こうした考え方は、少し前の日本人の生き方から考えたら素直に理解できる。
人々は自分の利益のためではなく、人々に良かれと思って生きていたからだ。
しかしそこには弱さもある。
何より強く主張する人々に押し切られる危険性があるからだ。
その強い主張がただの金儲けのためだったとしても、「彼があそこまで言うのだから」と受けてしまう危険性は常につきまとっていたのだと思う。

 しかし、こんないかにも日本臭い、書生じみた理想主義の日本国憲法がぼくは好きだ。
「理想主義」という批判は当然だ。
そうなろうとする理想像にすぎないのだから。
しかし理想を持たない今の利益のためだけの憲法なら、そもそもいらない。

 憲法は理想に向けて、政府や権力を規制するためにあるものだ。
権力者があまりにも勝手にすべての力を持ってしまわないように、少しずつ削ってきたのが「三権分立」だったり「立憲主義」だったりした。
その権力を縛る大事な書類が「憲法」なのだ。

 これは国民を縛るためのものではなく、権力を持つものを縛るためのものなのだ
その根本を理解していない政治家たちによって壊されるままにするのは、愚かすぎはしないだろうか。


「この縛っているロープが邪魔なんで取ってくれないか。
 そうその調子。やっと外れたね。
 せっかくここにロープがあるんだから、このロープで君たちを縛らせてもらえないかな。
 だって公共の福祉って大事だろ?
 福祉の名のもとに、君たちが義務を忘れて権利ばかり言い出したら困るだろ?
 全員じゃないよ、一部のわがままなヤツを縛るだけさ・・・」

 今の安倍首相は明治初期にやっとのことで解いた不平等条約を、TPPによって自ら受け入れようとしている。
そして権力者を縛るためのロープで、国民の自由を縛ろうとしている。

 こんなことをさせないために、ぼくらは少しだけ賢くなったほうがいいのではないか。・・・

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++

幣原喜重郎氏とは?と調べたところ、敗戦直後の内閣総理大臣だった。
憲法9条 戦争放棄条項が生まれた経緯を記した憲法調査会調書が国会図書館に存在する。

アメリカから押し付けられた憲法と言われているが、この調書の中で、
「原爆を手にした人類は、戦争放棄こそ生き残るための方法。
第九条を堅持することが日本の安全のためにも必要だと思う。」
と説いている。

全文をぜひ読まなければならない。
トラックバック (0) |