野坂昭如さんにとって戦争体験は、半世紀を超える創作・言論活動の原点だった。1945年6月、幼少時から住んでいた神戸の大空襲で養父が焼死し、養母が重体に。幼い妹を連れて、火炎に包まれた町から逃げ延びたものの、敗戦後1週間で妹を餓死させた。
この痛切な体験を、直木賞を受賞した「火垂るの墓」や長編の傑作「一九四五・夏・神戸」に描いている。幼い妹を死なせながら、なお、飢えをしのいで自分は生き延びようとする。「人間がいかに愚かで、いったん事あれば、ガラリと変わり、人間が人間でなくなってしまう。そんな生きものであるということを身をもって知った」。昨年出したエッセー集「シャボン玉 日本」に書いたこの思いは、野坂文学を貫く不動の立脚点だった。
エッセーやテレビ出演など多彩な活動を通じて、戦争の本質を語り続けた。戦後の日本を振り返り「すべては砂上の楼閣」と言い放った言葉は、戦争体験を忘れつつある日本人への忘れがたいメッセージである。(編集委員 宮川匡司)
野坂昭如、戦争体験