「木下黄太のブログ」 ジャーナリストで著述家、木下黄太のブログ。

日本と世界のリアル状況確認と僕の思索を書き留めるブログ。
重要なことはメルマガで展開していますので、ご購読下さい。

国松警察庁長官狙撃事件が時効になりました

2010-03-30 00:53:36 | その他
国松長官狙撃事件が時効になりました。
刑事部が捜査しているN氏が犯人ならば
国外にいた時期がありますので
まだ時効ではありませんが
公安部が捜査していたオウム関連事件としては
時効になりました。

13年前に踏み込んだ放送をした責務から
この二ヶ月いろいろ努力したつもりでしたが
結果は芳しくなく、
いろんな意味で
申し訳ない気持ちでいっぱいです。

あす国松さんとも、
たぶん直接話すことになると思いますが
わが国の治安機関のトップが狙われ
警察官の元信者が犯行を自白するなど
異様な流れを続けたこの事件は
15年の時が過ぎて
公式にはこれで終わりということになります。

しかしながら、自分としてはこの事件の本当の実相を
突き止めたいという思いも強いものですから
引き続き、ジャーナリズムとしては何ができるのかを
問いただしたいと考えております。


遠江の地で聞く、東都の騒がしきことの異様さ

2010-03-26 22:06:47 | その他
国松警察長官狙撃事件の
時効が近づいています。
来週の火曜日30日午前0時で時効となります。
そして今、僕はほとんど眠らない日々が続いています。
きょうは久しぶりにズボンのすそを
川の水に少しつかりながらその川を渡りました。

僕にとってはこの狙撃事件は
直接よく知っている
国松さんが撃たれたということで
許されない事件という認識もあります。
これは友達の長井健司が銃撃され殺害されたことと
同じような感覚です。

もちろん、治安機関の警察のトップが
狙撃され、一命は取り留めたものの
その犯人が逮捕されていないという意味で
大変衝撃的な事件であります。
警察のトップの狙撃犯を
逮捕できない警察が
僕たちの命の安全を本当に守ることができるのか、
問われている話でもあります。

さらに自分が国松さんを狙撃したと自白する
信者で巡査長だった人物の存在は
この事件を混乱の渦中に叩き込みましたし、
95年から97年にかけての
警察の捜査は混乱を極めていました。
何かを隠蔽しようとしたわけでは
もちろんないとする警察最高幹部の文言とは
裏腹にその出来事の一連の高まりは
何かを隠蔽しない限りありえない状況だったと
僕は感じています。
そして今もその当該人物は
深夜早朝問わず、
ありとあらゆる手段でとんでもなく逃げ続けています。
彼の確信がどこにあるのかは僕はわかりませんし、
事件の構造も僕が解明できたとは
とてもいえませんが、
この振る舞いを13年ほど、
彼が肉体的に大変な工場勤めをしながらも
続けていたことは
ある覚悟を持った人間の
本当のすさまじさを感じさせますし、
日本の捜査機関が結局のところ
彼のすさまじさを乗り越えることができなかったことは
あきらかだろうと思ってしまいます。
彼は確信犯的な感覚の持ち主ですし、
恐ろしく厳しい人生観で生きている人間です。
13年前に彼がなぜ話し、
その後話を変化させながらも
核の部分を押し黙る様は人間の業を感じるものです。

おそらく13年前の彼の語りは
彼の確信犯的な異言もあったでしょうし、
確信犯的な虚言もあったと、
今の現実の彼の振る舞いを見て
僕はその思いを深めています。

そして、
僕が突き止められなかったことは何なのかも、
13年前のビデオ放送に踏み切った
僕にだけ、課される重責だと思っています。
そこから逃げないことが
僕の僕なり人生の処し方を
示すことになるのです。

とすれば、東都より聞こえてくる
騒がしきことは
僕にとっては異様でしかありませんし、
何をほざいているのか、
正直、相当滑稽に見えております。
ただ、オウムによる地下鉄サリン事件がおき、
その後の長官狙撃という流れの中で
この大きな流れの将来的な端境期が来た時に
まさに僕の人生にとっても流れが変わるだろうと
漠然と思っていたことが
2010年のこの春に、明確な形を取りはじめています。
それは想定内のことばかりではありませんが
僕にとっては新たな人生への
実は新しい流れだとも思いますし、
そうしたきちんとした流れに
自分がどれだけきちんと乗っていくかが
仏教の本質とも考えている僕には
とても楽しみな状況でもあります。

僕は自分の戦いをもちろんそのまま進めていきますし、
それはいろんな大きな心にかなう振る舞いだと
確信しています。

さらに、東都の地にいて、
この地を避け続けている男の
哀れな末路は僕には本質的な関心がありません。
その文言の浅薄さと
どうしようもない人間関係には、あきれ果てているだけです。




呼びかけ人の前田日明さんが出馬をとりやめました。

2010-03-25 02:55:48 | その他
長井さんの抗議署名呼びかけ人でもある
元格闘家、元レスラーのリングス代表、前田日明さんが
夏の参議院選挙への出馬をとりやめました。

どうやら民主党サイドと
いろいろなトラブルや行き違いがあったと
伺っています。

僕は分かりすぎているので具体的には書きませんが
ある意味、前田さんがとても気の毒になりましたし、
今回の出馬話に関わる
周りの連中のいい加減さは
さらに衝撃的でした。
そして、これこそが
民主党小沢体制の問題ともいえることでしょうし。

以前、前田さんの出馬をこのブログより
お伝えした経緯がございますので
今回は兎にも角にも
皆様に、前田さんの出馬辞退のご報告だけをしておきます。

この後の記述は前田さんとは
全く関係のない話題に変わります。

例のことで
僕は条件をクリアしましたが、
きちんとした行動を
約束どおりなら
守らねばならない彼、
まともに振舞うことがあるのでしょうか。
僕よりも彼の人生を考えると
「逃げるが勝ち」は全くありえないのですが。
この事柄をきちんとやらねば
根源的に彼は終わります。

人生における大きな戦いの局面を逃げる男

2010-03-24 00:48:49 | その他
人生におけるぎりぎりの局面の戦いを
逃げるか逃げないかで
その男の本質は決まってきます。

たとえどんなに自信がなくても
逃げられないときには
逃げられないものなのです。
それでも無理に逃げようとする男は
僕から観れば
あわれでこっけいな男です。

しかもただ情けない存在です。

自分の根幹的な立場が
成立した過去の大きな出来事があり
それが精算できていないまま
ぎりぎりの状況がおきているのならば
その男には、立ち向かうしか、方法論はありません。


でも、やらない。
わけの分からない理屈で逃げようとする。
そういう男はまるで駄目です。

それをしなければ
仮に巨万の経済的な成功をおさめていても
あっという間に雨露のごとく
消えることでしょう。
仮にありとあらゆる性的な振る舞いに
興じていても
泡沫のごとく、なくなるだけでしょう。

その男にきちんとした自覚や人生観があるのか
問われているのです。

ここを突破しないときの災厄もまた、
想像を絶するものでしょうし。

男はどうするのでしょうか。

地下鉄サリン事件はきょうで15年の時が過ぎました

2010-03-20 05:44:31 | その他
この事件、本当になぜおこったのか、
誰がどのように決断して事件に至ったのか、
完全に解明されているとはいいがたい状況です。


第二次大戦の原爆でさえ
これだけ運動体がありながらも
かなり風化している現実を見ると
サリン事件のここまでの風化は
どうにもならないものかもしれません。

しかしながら日本の社会や日本の人々の
心の奥底に
実は今もこの事件の大きな影響があると
考えている私にとっては
「サリン事件以前」「サリン事件以後」という
時代認識で生きているのが
自らの根幹であったりもします。

国際テロ事件としての本質はおろか
事件の真の姿もはっきりとしないまま、
おそらく年内にすべての死刑判決が確定していきます。
しかも一連の事件の中に未解決事件が複数あり
これも未解決のまま刑事的な終了が迫っています。
そして長官狙撃、国松事件がその一番のものです。
また、逃亡犯も逃げたままですし
教団の残存部分は
いまだに意味不明な集団生活状態です。

これらがどこまで紐解けるのかが
僕のライフワークのひとつであることは
変わりはありません。
この国の未来を憂う時の
まず真っ先の感覚がここにあります。

自分が何ができるのかを問い続けたいです。



なくなられた皆さんのご冥福を
遠江の地より、お祈りいたします。

「人間の屑」である明石昇二郎氏の出した本はまったく売れていません。

2010-03-15 23:54:52 | その他
長井さんを貶めるようなレベルの低い本を
著作権侵害してまでも平気で出した
「人間の屑」である明石氏ですが
例の本が、半年を経過して全く売れていないことが
はっきりしてきました。

本の内容がひどいからと再三再四、直せといっても
ろくにできもしない馬鹿ライターの明石氏の本では
当初から売れないとは、思っていましたが
ある最大手書店の状況から
本当に売れていないことが明確になりました。
この最大手チェーンでは、売れたのは40冊ほど
入荷の十五パーセントだそうです。
既に六割は返本されています。
初版の推定刷り部数から
現況、全書店やネットなどで
このパーセンテージで売れたと仮定すると
全部で700冊程度の可能性もあります。

ほとんど自費出版です。

僕と一緒に再三、直しを主張した
島田さんは何回も明石氏に
「このままでは売れない。そうしたら長井さんの想いがつながらない」と
言いました。
しかしあの「人間の屑」は聞く耳を持ちませんでした。

島田さんの最新刊は刷りはすでに25万部を超えました。
まだまだ、売れ続けています。

僕はこのみっともない明石昇二郎氏を
「人間の屑」として、糾弾し続けるしかありません。
この「人間の屑」とつるんだ集英社、
そして奴のこの出版を手助けをした
恥知らずの裏切り者たちも同じです。

絶対に許さないからな。

あなたも丸尾月嶂を再発見してください!

2010-03-09 01:21:51 | その他
知られざる優れた画家の下記の展覧会があります。

「丸尾月嶂の世界展」
●主催:御前崎市郷土文化研究会
●会期:平成22年3月20日(土)~平成22年3月28日(日)
●会場:御前崎市立図書館アスパル 2階 展示ギャラリー他

入場は無料です。

=======================================

■開館時間
通常は午前9時半~午後4時半まで。
23(火)と26(金)のみ午前9時半~午後6時半まで。
いずれも入場は三十分前までに。
■休館日
22(月)と25(木)が休み。

===========================================


江戸時代後期の画家ですが
地元以外に全く無名のこの画家を中核とした
はじめての展覧会がひらかれます。

伊勢の月僊(げっせん)に学んだ画僧です。

先日一部作品の先行展示を見ましたが
いくつかの図抜けた作品があり、
知られざる優れた画家の存在を知ったことが嬉しくて
書いています。

釈迦涅槃図や羅漢図などまとまって展示されるのは
本当に初めてです。

おそらくこれから再発見されることになると思います。

それにしても、遠江というか遠州は本当に奥が深いです。

桜ケ池も横須賀の街も清明塚も、
羊羹もハムも、食の分野も、とても優れています。


追伸
アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門は
『ビルマVJ』でなく『The Cove』になりました。
日本のイルカ漁叩きに賞を与える感覚は
今の日本とアメリカの反映な気がします。

月がとても綺麗な夜に気づいた、龍馬という存在の意味

2010-03-01 02:00:14 | その他
夕方、二時間寝たためなのか、まだ眠くありません。
今晩は、月がとても綺麗で、
ほとんど満月でした。
東京ではかなり低い位置に月がありますけど、
とても丸くて感じの良い月です。

昔の大河ドラマ「草燃える」のことを書こうと思っていたら
きょうの「龍馬伝」大河ドラマで少し感動してしまいました。
香川照之の演技力と福山の華のある存在感以外、
書くことがあるとは思っていなかった
ドラマでの驚きです。
僕が知らなかったエピソードなので少し書きます。

もちろん、ドラマなので
かなり脚色があるのは間違いないのですが
事実関係は次のような構図のようです。

坂本龍馬の親戚でもある
山本数馬(後の沢辺琢磨)が
ある犯した過ち(諍いで拾った他人の時計を勝手に質入した)から
切腹しろという状況に追い込まれ
そこで龍馬が逃げることを進めて逃げたという話です。
ドラマ的には龍馬が凄くよく書かれていますが
細かい事実関係の是非は僕にはわかりません。
ただし、この沢辺という人物の生死を救う行動に
龍馬という人物が出たことは事実のようです。
当時の幕末社会でも、切腹が当然な状況なのを
「逃げてしまえ」と龍馬がすすめる話です。

ドラマ本編ではここまでだったのですが
その後、エピソードの場所紹介で
御茶ノ水のニコライ堂の
映像が出てきて、
函館で沢辺が、このニコライ司祭の弟子となり
日本ではじめての司祭となったことが紹介されます。
つまり龍馬のそのときの行動が
日本におけるキリスト教の最初の伝道者になる人物に
つなげたことになります。

そこで、さらに関心を持って調べると
この沢辺が、司祭になる前に
新島襄と知り合い、彼が国外に行くのを
助けたらしいということもわかりました。
新島襄はもちろん同志社大学の創設者です。
この国外に行くことを新島ができなければ
日本におけるキリスト教系統の教育が
どういうことになっていたかは、わからない気がします。
たぶん新島が国外に行ったことは、とても重要なことだと思います。

くだらない諍いから、くすねた物のために
危うく死に掛けたような物騒な男である沢辺が、
人を助ける司祭に変わるなど(当然非暴力)、
色んな形での今の日本につながる部分に通じていることの
驚きがありました。
沢辺は、剣を十字架に変えた訳です。

僕には昔から、坂本龍馬という人物は
明示的には何をなしどけたのか、
ほとんどわからない人物でした。
この龍馬伝を見ていても
感想は同じだったのですが
(彼はいろいろしゃべり、行動しますが、
短期的に、直接的に成果はほとんどありません)、
こうしたなんとなくの彼の行動や言説が
実は周りの人々に大きな影響を与えていて、
それが彼の知らないところで
思わぬ形で花開いているという
状況があるのだということが痛感されました。

というか、少しうれしくなりました。

いろんな想いや行動というのは
なかなか日の目を見ることは難しいのですが
人に影響を与えることができるものというのは
思わぬところで思わぬ力が働いて、
また別の何かつながるものであるということ。
こうした事が、
たぶん人間が生きているうちの、
数少ない救いの一つだと僕は思います。

そして、龍馬という存在は、
改めてそれを教えてくれた気がしています。
長井さんにもつながるところがあるかもしれません。

また、僕には、この沢辺を演じた若い役者が
最後に別れ際、龍馬と語るぎりぎりの演技が
とても印象に残りました。
この大河ドラマ「龍馬伝」は
主役の華はあるが演技力は凄くない福山さんに
直接からんでいく役者が演技力がいまいちの場合には、
画面がつまらなくなるという欠点があります。
香川さんや寺島さんと福山龍馬が絡めば
逆にかなり面白い画面になります。
香川さんが演じた岩崎弥太郎が全く龍馬に絡まなかった
この回の中では、
この沢辺と龍馬の最後の会話のシーンが
最も面白いシーンになりました。

気になってこの役者を調べたら
橋本一郎という無名の若い役者でした。

ただし彼の父親は、役所広司でした。

最近、血筋や家庭というものが
昔よりも
役割が大きくなっている現実も僕はさらに痛感しています。