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伝統が創造の場となるとき(12月9日)

 会津・漆の芸術祭2012は、「地の記憶 未来へ」というテーマを掲げて、今年もにぎやかに開催された。50日間の会期の終わりには、総括のシンポジウムとクロージング・パーティーが開催され、100人を超える人たちが参加してくれた。全国各地から集まった若者たちの姿が目立ち、熱気にあふれていた。芸術祭に公募で参加してくれた、漆芸や現代アートの作家たちである。
 3年目の芸術祭は、いくつかの点で、将来への大きな可能性を感じさせるものとなった。参加作家は質量ともに充実していた。公募には、多くの面白い企画が集まり、選考会は楽しく盛り上がった。いま、福島の地で、その厳しい現実と向かい合いながら作品を制作することに、作家たちは特別な意義を見いだしているようだった。
 例えば、佐藤香さんは20代半ばの現代アート作家であるが、震災後に故郷の田村市に戻り、福島の土で絵を描くようになった。出品作品は「私の故郷、福島」と題された、泥絵の壁画である。大変高い評価を受けた。将来が楽しみな若手作家の1人である。漆の芸術祭は次第に若い芸術家たちの登竜門となりつつある。
 漆芸作家は当然ながら、普段は漆と関わりのない作家たちにも、作品のどこかに漆を使うことが条件として課せられた。そうして縛りをかけることによって、漆との未知なる格闘が生まれ、あらたな漆の魅力や可能性を引き出してくれる作家たちが現れている。
 逆に、これも評価が高かった「くいぞめ椀[わん]プロジェクト」などは、生後100日目の「お喰[く]い初め」の儀礼に使われる小ぶりの椀をテーマに、会津漆伝統工芸士会の蒔[まき]絵[え]師たちが華麗なる技を競い合う場となった。伝統的な会津漆器の魅力を堪能させてくれたのである。
 会津には、いまも漆に関わるすべてが存在する。三島町には縄文晩期の漆の遺物が大量に出土している荒屋敷遺跡があり、ブナの森には中世以来の木地師の活動の跡が残され、近世以降、いまに至るまで若松では塗師や蒔絵師が仕事を重ねている。
 その会津の地で、伝統工芸と現代アートとが不思議な邂[かい]逅[こう]を果たすのである。わたしたちの願いは、会津から新しい漆の可能性が見いだされ、地場産業としての会津漆器が活性化することだ。そのための種子だけは、すでにたくさん蒔[ま]かれたという自負はある。
 博物館が核となり、地域の伝統文化をテーマに掲げた芸術祭は、おそらく日本全国を見回しても類例らしきものがない。今年は県外からのリピーターが多かった。訪れた人々も10万人を超えたはずだ。県からの支援は3年で終わる。正念場だ。来年以降も開催することを目指して、わたしたちは走り始めている。(赤坂憲雄・県立博物館長)

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